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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

スウェーデンに行って感じたこと、見たこと、 

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先週仕事で9日間、スウェーデンに行って来ました、まさか自分の人生、自分の意思でスウェーデンに行くとは夢にも思ってもいなかった国に行き、そこで見たこと、感じたこと、をわずか現地滞在1週間ではありますが、少し書きたいと思います。
その前にまず書きたいのはこれまで僕が行った国は多分30カ国以上は行ったはずです、そのうち何度も行った国はいくつもありアメリカや中国は10回以上行っています、僕はもはや旅慣れしすぎで、外国に行こうが昔感じた驚きの出会いは薄れてしまい、ある意味で僕はもう外国に行くことに昔のような新鮮さを失いつつある中での旅でした。
さて、スウェーデンについてです、これまで北欧には強い関心は持たなかったし、まして物価の高い国と聞いていたので北欧に行く縁なんて今後もずっと死ぬまでないだろうと思っていました、、、、、しかし今回ひょんな縁で行くことになりそれが僕にとって意外にも久しぶりに驚きの連続な旅でした。
行く前に感じていたスウェーデンの印象はイギリスやフランスみたいにアジアアフリカなど第3国を植民地に持った歴史がないので、有色人種移民が少ない白人の国だろう、、、、また税率が高く完全福祉の国、人口が少なく日本とは雰囲気が大きくかけ離れた国だろう、、、、そんな印象でしたが、実際は、、、やはりそのまま印象通りの国でした。
しかしそこで感じたものは僕の想像をはるかに超えた超現実をそこで見た気がしました、それはなんといえばいいのでしょうか?つまり理想社会と非理想社会の違いとは一体なんなのか?そのヒントを今回ついに見た気がします、それは人口がやはりカギな気がします、人口が多ければ必然的に人権概念は軽くなります、まず先に人権重視よりも生産性重視に偏りがちで、生産性の高い者が勝ち組に立ち、低い者は負け組に立つ宿命から逃れることはできない現実を感じます。
カンタンに言えば能力のある者が上に立ち、能力のない者はある者に支配される構造にどうしてもならざるを得ない社会構造ができます。つまり理想社会とはそこに絶対バランス値があるのではないのか?とここで深く考えさせられました、逆に言えばその絶対バランス値が悪ければその社会はどんなに立派な政策で手を尽くしたところとて延々にモグラ叩きを繰り返すだけではないか、、、と感じました。
要は日本とか中国とか人口の多いアジア諸国は、社会に対して人口が多すぎる気がします、つまり人間一人一人の存在価値がどうしても軽くならざるを得ない現実を感じます、世の中では建前では人権とか平等とかあれこれ言いますが、大勢に対して椅子の数はどうしても限りがあり、一人一人が十分に人権を重視されることはもはや不可能同然です、言い換えればよくまあここまでやったというのが印象で、本来、受けるべき人権と教育を十分に享受し育まれているとはとても思えず、理想とする環境はやはり程遠い気がしました。
もちろん日本人は誰もが漏れることなく教育を受けています、でもそれは形式上の教育で、きちんとした中身のある教育はほとんどの人は受けていないに等しく、効率的、生産的教育でしかなく、最低限の教育を受けてはいますが、現実は流れ作業同然の教育でしかなく大学まで行ったけど大雑把な教育でしかなく、その実態はほとんど役に立たない見せかけ同然の教育でしかない気がしました。
まず現地で驚いたのはスウェーデンでは英語のレベルが非常に高い、それは行く前からすでに知っていましたが、現地に実際立って聞いて驚いたのは彼らは高いどころの騒ぎではない、パッと聞いただけではネイティブ(英語を母国語とする人)となんら変わらないレベルまで行ってる事実には驚きました、中にはイギリス訛りの英語を話す人すら出会い、これはちょっと気味が悪いくらいの印象です、これまでいろんな国を旅しましたが英語国の植民地でもない国でここまでハイレベルな英語を話す、その必然が分からなかったです。
通訳によれば、彼らは自然にそうなったのではなくきちんとした教育の賜物だそうです、しかも発音にはまったくクセがなくきれいな英語です、アメリカ人とイギリス人の違いはすぐ分かりますが、彼らの英語はアメリカ人もしくは国籍不明な異常なほどのハイレベルです。
その理由は国が小さく経済規模が他のヨーロッパ諸国に比べて小さく国全体で英語力を高くしないと国際社会についていけないと考えているからだと聞きましたが、しかしウエイトレスとか道路工事のお兄ちゃんとかコンビニ店員まできちんとした英語を当たり前に話しますがこれにはちょっと度肝を抜かれました。
これはなんと解釈すればいいのか、、、、国が小さいからそれが可能なのか、国の政策と国民の行動がいい形で一体になっている気がしました、日本ではそこまで徹底した政策は不可能だと思います、しかし北欧はそれが可能で、ある意味で自由が保証された洗練された社会主義国家ではないかと思いました、だから国民は国に対して高い税金を納得して払い、国は国民をしっかり面倒を見るその体制が確立され、教育も政府が考える教育が施され、国民もそれに従い、裕福な家庭は個々にハイレベルな英語家庭教師を雇いより高いレベル教育をしてるようです。
この真逆の代表例はインドとか中国のような人口が異常に多い国は人間社会集団は、蟻、蜂、社会同然で、女王蜂がいて働き蜂がいる構図に似ています、実際にインドや中国、両国は延べ1年滞在し、その実態はよく見ましたが、人口が多い国というのはどうしても末端階層は人間とは思えない環境でなんとか生き延びている現実を見ます。
これは理屈では語れない凄まじい現実を感じます、その対局社会が北欧じゃないかと僕は思います、まあ結論は日本にしても人口の多い社会かと思いますが、よく巷でブラック企業と言いますが、これは一企業だけで片付く問題ではなく弱小企業がどう足掻こうがこの悪循環の轍から抜け出せる問題ではなく、これは社会全体が背負っている負け組にしわ寄背を背負わざるを得ない悪しき社会問題ではないかと感じます。
逆に言えば、スウェーデン社会はその理想社会がわりと実現しやすいほどほどの社会サイズと人口のバランスじゃないかという気がします、国民の知的水準と政府の政策能力のバランスが、うまく噛み合った結果がこの社会ではないかと、、、つまり北欧(スウェーデン、ノルウェー)はソ連や中国では果たせなかった理想社会主義を実現させた国、またはさせつつある国ではないかと1週間の滞在中に感じ、それに僕は新鮮な驚きを感じました。
多分僕は中国を長く滞在したので社会主義の悪い実例を嫌という程見たからこそ、今回のスウェーデンが取り組む新しいスタイルの社会主義は新鮮な驚きだった気がします。それはカールマルクスが描いた共産主義とはまた違った社会体制ではないかと思います、北欧が社会主義的体制であることは前から聞いてはいましたが、実際にそこに立って見ると肌で感じます、まさか地球上でこんな体制を実現してる国が本当にあることの驚きを感じた旅でした、僕が感じた驚きはまだまだ続きますが次回へ。

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