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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

「白い花園」は始まりました、 

IMG_0375.jpg 今日から個展「白い花園」はスタートしました、額をゼロから作ったり、アメリカから印画紙を取り寄せ暗室にこもってプリントをしましたが、なんとか会期までに間に合わせました、とは言え時間を見て手直したいところもありますが、とりあえず最低のかたちはなんとか揃いました。
今日は写真展の説明として、写真の見え方についてお話しします。
今回の写真展は去年のモノクロ個展の続編、延長線的な個展内容と言えます、去年はユリとビンとバレエとパリ風景をあれこれ織り交ぜながら全体の空気を表現する考えで展開しましたが今回はユリをメインに、そこに巫女的な存在がバレエカットを配置しました。
今時、デジタル出力写真の時代ですが、僕はモノクロに関してはフィルムに相変わらずこだわっています、その理由は印画紙のモノクロの方が出力より味わいと深みを感じて好きだからです。多分パッと見た感じなら出力も印画紙もさほど変わりはないんだろうけど、、、、、。

村上春樹さんはインタビューで彼の作品に登場する女性は巫女のような存在なんですと本人は語っていました、世の中では巫女さんて言えば神社の女性を言いますが、本来、巫女とは霊的な存在で小説で巫女的存在という例えはおかしく感じる人もいるでしょうが、僕には春樹氏の話す意味がよくわかります。
巫女とは結界と俗界の双方世界を繋ぐ存在、彼の書く話はだいたいは日常世界の話ではなくややあっち側の話が多く、話の世界と現実世界を繋ぐ役割的存在、それが彼の言う巫女だと僕は受け止めています。
世の中では大きな会社の入り口受付には往往にしてきれいな案内嬢が外来客を迎え僕らの行き先案内をしてくれます、彼女たちは社内の案内をするだけではなく、会社という事務的で面白味のない場にきれいな女子が迎えてくれるだけでその場の緊張はややほどけます、その手の場には繋ぎ役は必要不可欠な存在で、女性とはある意味で超越的存在です。
固く閉ざされた場を変えてしまう力を時にして持っているのが女性です、話題は僕の個展の話に変わりますが、ユリばかりで、もしくはユリ中心の個展を一度やって見たいと兼ねてから思っていました、でもユリの写真ばかりではやはり重たい写真展になってしまうと思います、それはよく言えば重量感のある写真展かもしれないけど、悪く言えばただ単に重たい写真展かもしれないです、重たいユリばかりが並んで多分息がつまるんじゃないかと思っていました、、、、、。
そこで踊ってる女子が加わってくれたらユリの見え方は変わるんじゃないかと、、、、白いユリに合わせて白い服を着た女性が妖精になって踊ってくれたらユリ写真の見え方は少しは和らいで言えると思って撮ったんですが、今回はこれまで発表しなかったカットも含めて5点の巫女さんに登場してもらいました。
このバレエの写真は3年くらい前に撮ったものです、当時はセレクトの視点がもっと狭くてわずか2〜3点くらいしか選べなかったんですが、今回はそこを少し緩めて選んで見たところ意外に効果的で、こんなにいい写真を持っていて自分は一体何を見てたんだろうか?って思いました。
それと今回準備して感じたことですが、前、ブログで僕は額は好きで作ってるわけではないと書きましたが、あらためて作品を額装して作品は完成されます、それを見て額と言うものがいかに重要なのかまたあらためて感じました。
暗室で3日くらいプリントと格闘していたわけですが、バットに入った写真ばかり見続けているとそのうちにわけがわからなくなってしまいます、それが額装された瞬間に見え方は一気にガラッと変わって見えてきます。これはやっぱり安っぽい額は使えないな、、、、とあらためて感じる時です。
写真とは撮り方が上手く撮るばかりではなく、上手く見せることだって写真テクニックの一つで、写真の見え方がどう見えるのか、どうしたらカッコよく見せられるのか、いろんな見せ方、見え方、どうしたら見え方は変わるのか、写真を学びたいなら知っておきたい写真の技の一つです。

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