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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

目線が一皮剝ける(2) 

昨日書いた話を読み返し分かりにくくもう少し加筆修正したいと思います。
写真表現はいろんな捉え方があると思いますが意外に見落とされているのが質感と階調の絡み合わせた表現です、これは手ほどきを受けないで独学マスターは非常に難しいのか、アマチュアでこれを上手く使いこなしてる人はほとんど皆無です。
みんなが好んで撮る海、お寺の花の写真、大半は記号を捉えるばかりで、その場の質感、湿気、空気、時間、それらの気配を上手く捉えて表現する人はいない、目に見えるカタチばかりで肝心な場の気配は捉えられておらず、それらを見るたびになんとも言いようがない思いになります。

あちこち海外を旅をしてると気温と湿度が心への影響に相当敏感になります、その影響は想像以上に大きく、これは写真にとっても例外ではなく重要な表現要素です、これに目を向けないで放って置くのはもったいないとしか言いようがないことです。
アメリカ西海岸に行くたびに最初に感じるのは日差しの強さとカラッとした青い空は叩けばカーンと乾いた音がする気がします、それが僕のアメリカ西海岸の印象ですが、逆に台湾は気温が高いせいか湿度が高いことを感じます、また毎回、雨のシーズンを狙って行くせいか台湾の印象はジメジメ湿気の土地の印象があります、実際ずいぶん前、台湾の湿気をふんだんに描いた作品があります。
またスコットランドのエジンバラもズシリと湿気を含んだグレー一色の街の風景が僕の印象には強く、そこは逃げ道のない重苦しいグレー風景が印象的です、また南フランスはパリにくらべカラッとした明るい印象があり、湿度や気温がわずかに違うだけで人間の気質や服装までカラフルに変えてしまいます、それはゴッホも弟テオへの手紙にアルルをそう綴っています、つまり土地の印象と湿気と気温はとても深い関係があり、それが写真に映らないわけがないしそれに目が向かないのが不思議でしかない。
日本はサクラの国の印象が世界にありますがそれについて少し考えて欲しいんですが、日本の桜が本当に美しいのか、どうなのか?です、日本の桜品種はたしかに美しい、これについては否定はしないけど僕はこう考えます、日本の湿気を含んだしっとりした風景で見る桜風景だから美しいんであって日本の品種がとびきり美しいのではない、それは緑のない冬の黒い木々の風景に忽然とうっすら桜色がいっせいに満開になる風景が美しいと解釈したほうが妥当だと思います。
日本の桜をそのままアメリカ西海岸に持って行って同じ桜が見られるかと言えば答えは絶対にノーです。物事が美しく見えるのはその個体だけを切り離して見られるんではなく、光と湿度とその場の風景環境の絡みが美しく見せる、その条件の組み合わせに秘密があるのです。

僕はワークショップで光コントーロールで写真表現のあり方をレクチャーしましたが、この光の階調表現と湿気表現と色彩表現は重要な三角関係が潜んでいて、そのバランスが写真を美しく見せます、これは音楽でいえば和音、ハーモニーが美しい音を作ることと同じ原理です、思うのはこの世のすべての美意識は単体で存在するのでなく複合体の絡みがそうさせる、これが絶対法則だと思います、この原理を深く理解し自由に使いこなせたら写真の感情表現力には必ず大変革が起きます。
モネは睡蓮があまりにも有名ですが、隠れた傑作にロンドンのテムズ川のウォータールー橋があります、このシリーズは20点以上はありますがその作品の多くは霧風景で描かれています、(ネット検索すれば出ます)モネはここに挙げた三角関係をわかりやすく駆使し表現した画家だと思います、光と湿気が絵画表現にどれくらい大きく影響するのかモネほどそれを追求した画家は他に知らない。
ここで少し考えて欲しいのは、モネは知っての通りフランス人です、パリから60キロくらい離れたジュベルニーに住んでいました、ジュベルニーからロンドンまであの当時、結構遠い道のりでした、しかも当時すべて鉄道で行けたのかすら確かではありません、さらに途中ドーバー海峡を渡ります、着くまでにどんなに急いでも2〜3日はかかったはずです。
しかも行くたびに毎日必ず霧があったとも思えません、いくら霧のロンドンとはいえ毎日が霧ではないんです、霧が出るまで何日も待ったことだってあったはずです、つまりモネはわざわざ霧を狙ってロンドンまで通っていたんです、しかも作品点数は20点以上が残っています、ひょっとしたら表に出ていない作品はもっとあるのかも知れない、となると相当強い意志でロンドンまで何度も通っていたことが想像できます。
意外に知られていないモネの一面です、さらに睡蓮の世界観とは違った世界観です、どうしてそんな遠くまでわざわざ何度も何度も出かけてテムズ川を描き続けたのか疑問ですが、ここに書いた通りモネは湿気と色彩と光の表現に相当な好奇心と可能性を見ていたからだと僕は思います。モネ作品から感じるのは肉眼では見えない質感と光世界を見て描いていたと僕は思うんです。
問題はカメラならそれは映ってしまうんですが、絵画は描くしかないわけですが、モネはとてもカメラに近い目線を持っていたように感じます。話を昨日の話題に戻します、ここまで書けば徐々に分かったかも知れませんが、ここからが重要なポイントです。
カギは光を上手く取り込めさえすればきれいな写真が撮れるんでものでもないんです、光と質感と湿気の諸条件をうまく取り込み、上手く組み合わせ、光と質感と湿度のハーモニーが成立し視覚の化学反応がカメラの中で生じます、それが写真に上手く映って気配が映るわけです、逆にその化学反応を上手くカメラの中で化学反応を起せなければ何も映せないということです、もしその気配を写真に写し込みたいなら、表現の三角関係の化学反応を使いこなるしかないわけです。
これらの三角関係は直接肉眼で見えるわけではありません、心の目を駆使し、精神的表現世界の引き出し心に作らないと多分見えないと思います、つまりどこかマジックに似たものかも知れないです、昨日登場した友人はどうやらそのマジックに気がつき始めたのかも知れないです。

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