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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

ここでは撮りたくない、(2) 

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前回の続きです、機関車の写真を夢中になって撮っていた時に感じたことです、鉄道写真とは沿線撮影ポイントには大勢の鉄道カメラマンがひしめき合って時には場所の取合いをしてカメラ三脚を並べ機関車がやって来るのを待ちますが、側からその一箇所に集まった大勢のカメラマンを見るとちょっと異様だったと思います。
僕にはみんなが同じ場所で撮ってることがどうも違和感がありました、どうしてこの手のカメラマンが集まる場って、こんなにもおっさん臭い場(品位と知性に欠ける場)になってしまうのか?もっと違うことはできないものか?こんな大人にはなる気がしないな、、と居心地の悪い気分と冷やかな目線でその場を見ていました。
機関車を待つ間、カメラマンたちは共通の話題で雑談したりしていました、過去撮った写真を周りに見せたり、カメラの話をしたり、機関車の話だったり、そんな話をして機関車が来るのを待っていました。
機関車の話題に関してはびっくりするくらいの情報を持っている人がいました、D51653号機は000機関区から000機関区に移動になったそうだ、000機関区のC5765号機は廃車になったとか、当時は日に日に機関車が廃止になった時代で、路線は電化したり、ディーゼル化したり、機関車が消えゆく時代で、そのブームの勢いは相当なもので国鉄職員並みの人も中にはいました。
そこで感じたのが、立派なカメラを持った人の多くは機関車の写真をどう考えているんだろうか?記録がしたいのか?良い写真が撮りたいのか、、、、、、?具体的に、写真マニアなのか鉄道マニアなのか?と疑問を感じ始めました。もちろん白黒はっきりさせるものではないとは思うけど、この人たちってどっちなんだろう?少なくとも僕は鉄道マニアの考えではなく写真家としてありたいと自覚し始めたのはこのころからです。
鉄道マニアの考えは、例えて言えば、山陰線のD51、C57が撮りたい、田川線の貴重な9600機関車が撮りたい、極端に言えば写真のオリジナル性とか良い写真ではなくてもD51がきちんと煙を吐いて写っていたら良いわけです、早い話が機関車写真のコレクターのようなものです、もちろん僕だって機関車にハマっていたから同じ考えを持っていましたが、でもやはりまず良い写真を撮ることは絶対条件でした。

それから20年くらい経って僕は念願のプロ写真家になりました、その当時、考えていたことが僕の写真家人生として永遠の宿題になりました、事あるごとにその問題の延長線上で葛藤しています。
被写体はカタチで撮るのか、イメージを撮るのか、です、どちらかを決めなくてはならないわけでもないんですが、どうも 双方うまくやるのは楽ではないみたいです、例えば先の機関車で言えば、感覚的な視点ではなく日本の各路線に走ってる機関車、それを機種別に撮ってまとめる考え、それとは別に路線や機関車種別ではなく機関車の写真として純粋に良いものを追求し撮る考えです、でも現実的にはどうやら前者の方が分かりやすいみたいで居場所は圧倒的にあるようです。
これは広告とか出版の撮影でも同じような問題に直面します、例えば雑誌ナンバーをやっていた時、あるサッカーチームを取材する場合、現実的に記事ネタに連動した目線、説明写真は撮らなくてはならないとは思うけど、僕らにはそういうことは考えなくても良い、説明カットは他の人にお願いしますから、オタクらはカッコいい写真に徹底してほしい、と言ってもらえましたが、こんな出版社は滅多にありません、普通はもっと現実的なことばかりお願いされます。
また別の例では、往々にしてあるパターンですが、地方の広告とか、マイナーなパンフレット、地方の観光局の風景写真に求められるのは、その地方の名所をきちんと撮ってくださいと言われます、000湖、000山、000の紅葉、それらがしっかり写っていればそれで合格です、ハッキリ言えば、それはプロじゃなくてもカメラさえ扱えれば誰が撮ってもやれそうな仕事です。
正直は話、そんなのは敢えてプロになって撮りたいとは思わなかったし、プロを目指すならもっとかっこいい写真が撮りたいしそれができるカメラマンになりたかった、仮な話、JR東海の名作シリーズ「そうだ京都、行こう」みたいにお寺を撮るなら、絵葉書写真では通用はしないです、京都に行きたくなるような、旅情をそそる京都の深み、文学的な要素の詰まった、京都っていいんだな、、、行きたいな、、、、って思わせる力のある写真を撮らないと仕事は成り立たない。
ではファミレスのメニューではどうなのかと言えば、食べ物がそこそこに美味しそうに撮れていればいいんですが、問題は、、、「そこそこ」のレベルをどう受け止めるかが分かれ道です、一カット一カット時間をかけて撮ったところで仕方がない、、、撮りたくても撮らせてもらえない、モノが適当にきちんと常識的なカタログ写真のように撮れていれば、不味そうじゃなかったら良いわけです。
いつもJRみたいな写真が撮っていたいけどそれで写真で食べて行くにはほぼ不可能です、毎回、「そうだ京都、行こう」みたいな仕事なんて出ないし、取れないし、そんな表現力を要求される写真家とその仕事数はこの世にどれだけあるのか?と思う。一握りの優秀なカメラマンだけがやれる仕事です。
つまり結論を言えば、世の中はどちらかと言えば、機関車をカッコ良く撮れるより全国各地の機関車を隈なく網羅して撮って出版社に持ち込んだ方が受け入れられやすいし、仕事もあってお金にはなる、その方がまずは誰に対してもわかりやすい、それがこの歳になってやっと分かった、でもそれが分かったところで仕方がない、それはやはり好きじゃないからどうしようもない、、、、。

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