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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

才能とは、、、、 

この話題は一回は書きたかった内容です、写真に限らず音楽でも料理でも何だってそうなんだけどさっと上手くなる人とやっても一向に上手くならない人、残念だけどこれは明らかに別れます、これはどうしてなんだろうか、それについて何回かに分けて考え書きたいと思います、ただあくまでもこれは僕の話として読んで欲しい。
まず、最初に考えたいのは才能についてです、才能って実態はなんなのかよくわかりません、才能があれば魔法の杖のようにその道のことはなんだって自由になる神様のギフトのように思ってる人が多いんですが果たしてそうでしょうか?
実態がないように見えますが実態はやはりあるようです、精神科で検査を受けるとその人の得意な分野と苦手な分野は客観的数字となって出ます、実際僕も受けて見ましたがなかなか興味深い結果が出ました、カンタンに言って思考の器は工学系と文学系と体育会系etcにやはり分かれると言えばいいのでしょうか?
モーツァルトの逸話ですが、まだ子供だったモーツァルトが教会音楽を聞いて即興でその場で楽譜を書いてしまった、そこに間違いはひとつもなかったという逸話があります、僕はこういう話は手放しで信じません、その手の話は誇張されていることが多くもっと話の背景から順を追って聞く必要があるし逸話とは実態から随分尾びれが付いていることが多いです。
才能があるとは始めからスイスイと何でもできてしまう、カメラを持った途端にさっと撮れる、楽器を持ったらすぐに演奏ができる、果たして本当にそうでしょうか、確かに始めからその受け止め方、その認識が人とはまったく違っていて才能があったから人が思いつかない努力を見つけ、そこに迷うことなく集中できた、要するに彼らは、カメラ、楽器からいろんな可能生とイメージが次々と見つけられ、逆になければそれに対するイメージがほとんど湧いて来ないと言うことです。
ここであれこれ書ても仕方がありません、ある例を書きます、これは身内の結婚式でうちの娘が、その式で出会った少年本人(以後少年をAとします)から直接聞いた話を僕が彼女から聞いた話です。
Aは中学まで学業は極めて優秀な子で名古屋市内で1〜2位の進学高校を目指していました、ところが何があったのか受験寸前にAは折れそのまま高校には行かず高校浪人、引きこもり生活になってしまいました。
Aは今現在、通信制高校授業を受けているのか、家で何をして過ごしてるのか知らないけど、娘がAから聞いた話によればAは半端じゃないゲーム好きなようです、Aは人と話ができない気性ですが、Aは大手ゲーム会社勤務の娘に親近感を感じたのか、身の回りの話をしたようですが、かなり興味深いAの話を娘から話を聞きました。
Aはゲームソフトを自分なりにアップグレード、カスタマイズしてる話を聞きました、それが初歩レベルではなくかなりコアーなことをやっていてゲーム会社の娘でも驚いたそうです、まず英語のサイトから引き出したカスタマイズ法を読んで自分なりにカスタマイズしたそうです、仮に大学生がやったならそんなに驚かないんですが、それを高校にも行かなかったヤツのすることか、、、、それを聞いて、僕はどうして英語サイトに目が向いたのか?それをどうやってクリアー出来たのか、そこがすごく知りたい気がしました。
こう言うことは「才能があった、能力があった」この一言で片付けてはならないんです、そこで彼はどう言う経緯があってそこに目をつけたのか、どんな工夫をして、どんな発見があって、どんな挫折があったのか、どんな連中からやりとりしているのかも、そこがすごく重要なコアーが潜んでいる気がして聞いていました、才能さえあればできると思うのは大間違いです、問題はその中身です。Aはひょっとして学校に行かなかったのは挫折ではなくバカらしくなって行く気を失ったのかも知れません。
大人たちは引きこもりを卒業したらまた学校に復学するだろうと安易に思っていますが、Aはそうではなく、もっとはるか先に行ったのかも知れません、Aはフェイスブックか何かでいろんなゲーム狂たちと出会い、そこでいろんな影響を受け、さらに海を越えたネットワークまで広がって中学生から英語サイト解読は日常化していたのかも知れません。
もしAは中学生から国境を越えた仲間たちとハイレベルなやり取りが日常化していたとすれば、英語サイトからカスタマイズのノウハウを引き出すなんてもうお手の物だったのかも知れません、何も分かっていない理解していないのは周囲の大人たちなのかも知れません、僕にはその経緯の方が非常に興味があります。

僕は中学から高校生にかけてフランス語に興味を持ちました、あのころ3〜4年くらいNHKテレビフランス語学習を週に2回欠かさず真剣にやっていました、番組以後の復習も学校の英語授業よりずーっと真剣でした、おかげで学校でフランス語教育なんてまったく受けていませんがフランス語会話は少しは出来ます。
テレビの語学番組なんて普通は縁がないし成果などないと人は思っていますが、これは大変な間違いです、発音はフランス人から学ぶ、フランス人会話は普段から聞く、一流大学教授のフランス語授業が受けられる、フランス留学帰国者が登場して生のフランスの生活体験も聞ける、語学に対する興味、その国の文化認識は高くなる、少なくともそこらの学校の英語教師の授業なんかは比べ物にならなく僕はそんなハイレベルな授業を2ヶ月数百円のテキスト代だけで何年もやっていました。
それを3年繰り返し高校生の時に僕はすでにフランス人女子高生とフランス語で文通していたし、フランス人が手紙を書くとは万年筆で書くことも知ってたし高校生の頃からフランスに対する認識はそこらの高校生とはまったく別世界観を持っていました、それはそういう積み重ね背景があったから僕はハタチで海外生活が出来たんだと思います。

ここで話をまとめると、才能があれば何かができると思うのは短略すぎな発想です、物事がカタチを作るのは点ではなく線です、才能があれば目の付け所が普通とはまるで違って来ます、みんなが目を向けないことに目が普通に向きます、まず出発点から違います、物事の中に潜む本質は一瞬にしてさっと見つけ出します、それは普段から見る視点がまったく違うからです。物が見えているんではなく物が見える視点はどこに立つべきかを理解しているんです。
それは持って生まれた能力の差なのかも知れないけど物事に対する集中力が違うから、例えば楽器を手にしたらそれでどんな遊びができるのか、考える前に体が勝手に動き出すんだろうと思います。
でもやはりそれを探す努力とか挫折の数とか結果が出ない苛立ちだって人並みに以上に味わっています。でも最後に才能があるヤツはその集中力は普通じゃないです。

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