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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

点ではなく線の思考 

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僕が助手についた師匠の有田さんは写真画像を叙情的表現がとても上手い人でした、でも最初についたカメラマンは典型的な広告カメラマンで違う方向性でした、と言うかまず広告カメラマンでそんな撮り方ができるカメラマンはほとんどいなかったから有田さんは広告界では稀な存在だったしそれを広告の世界に展開させたことがすごかったと思う。
僕はそう言う表現が元々したかったけど、まだ上京したばかりではそんなことに自覚があまりなかったし、そんなカメラマンの存在を知らなかったし、何も考えず自分に声をかけてくれたところにさっと助手につきました、でも助手をしてやっと気がついたのは僕にとってそこはまったく肌が合わなかった。それで自分なりの好みもはっきりし始め、縁あって有田さんに弟子入りさせてもらった。
でも有田さんから学んだことは、、、、具体的なテクニック、セオリー、レシピなんて多分何もなかったと思う、そもそも有田さんはテクニックなんてほとんど使わなかったし、有田さんの魅力はまるで手品をするように現場で毎回、迷わずさっと、ある種の雰囲気を作ってしまった、仕掛けが分からない者にとってそれはマジックそのもので、僕は有田さんのその魔術師ぶりに影響を受けたんだと思っています。
でも有田さんから学んだことを一つあげるなら「写真に雰囲気を写し込むこと」そこに誰にも説明できる手法なんてないと思う、でもひょっとしてあるにはあるけど無意識にそれを使ってるのかも知れない、基本はその場その場でやり方は違うし自分は自分の雰囲気作りを探すしかないと思っているし、その応用を身につけていないと現場で使いこなせない気がするけど。

それから僕も作品が揃って営業をしてパラパラ仕事がもらえるようになった、そのころの仕事はまだ広告ではなく雑誌の仕事で被写体はスポーツ選手、文化人、ミュージシャンを撮る仕事、場所はホテルの一室、変哲もない部屋の一角、練習場、グランドの一角、とか様々だった、もらった仕事は絶対にカッコいいモノを撮って納品するのが至上命令だった、そうじゃないと次の仕事チャンスはもうない。
現場に行くまでどんな場所で撮るのか分からない、必ずしも条件の良い場所で撮らせてもらえるとは限らない、いくら探してもどうにもならない場所で撮るしかないことだってよくある、条件が悪かった、相手のノリが悪かったから上がりはダメでした、そんなの通用はしない、撮るヤツはどんな場所だってちゃんと撮る、撮れないヤツはどんな場所だって撮れない、その差はカメラマンの能力と熱意と探究心にかかっている、そこに言い訳なんて有り得ない。
さあ、どうするのか、、、、?つまらない上がりを撮れば次はない、毎回そこにアタマを悩ます、初期の頃の撮影前はアタマがすり減るくらい攻略法を必死になって考えた、必要あれば家の中で実験もした、どうしたら、、、グッと来る写真が撮れるのかマジに考えた、それで若いころ機関車を撮っていた時を思い出した、誰が撮っても同じ写真にしかならない場所では撮りたくないと鼻息を荒くしていたころを思い出した。
結局、考えた末、たどり着いた結論は、いい表情を絶対撮らないとダメ、その考えは2番目にした、それは相手の気分次第でどうにもならないことだってやはりある、自分の努力次第で出来ることにまず目を付けよう、出た答えは有田さんがやっていたように「写真に雰囲気を写し込む」こと、それをどの現場でも作れることに目を付けた。
ぞれぞれの撮影現場できちんと雰囲気が作れたら、これはすごいアドバンテージになると思った、雰囲気を押さえたら、後は表情を撮るに撮影は集中できるし写真の上がりはある程度は保証されて気が楽になる、それにそう言う写真の方向性の写真が自分がもともと撮りたかったことだったし雰囲気作りの研究はかなり真剣にやったと思う。
そのためにはまず撮影の場にストロボを必ず持参し光で雰囲気を作った、荷物は多く持ちたくないから、たった一個のストロボ光でどこまで雰囲気が作れるのか、毎回毎回がチャレンジだった、持ち時間なんてそんなにない、せいぜい30分くらいで撮影前の準備をすべて終えなくてはならない。
この時に気がついたのは、雰囲気を作るためのライティングと露出を稼ぐためのライティング、双方の考え方はまったく別物なんだと気がついた、当時を振り返って思うのは、あれこれ必死になってアタマがパンクするくらい考えて仕事をするのはすごく楽しかった、世の中の多くの仕事は自分の考えが十分活かせる仕事ってそんなにないし会社勤めではなかなか自分のやりたいチャレンジってそんなにはないと思う、昔、機関車を撮っていた時、自分は自分の場所が探したいと動き回っていたけど、あの時からその思考の準備は始まっていたんだなと思った。
昨日も書いたように、その手の問題の開き方は、一瞬の閃きだけではどうにもならない、普段からの準備が必要だ、普段の生き方とか思考の蓄積とか過去の経験が生きて来る、少なくともクリエーティブの仕事をするなら子供のころノートとか教科書は落書きなんかひとつもないヤツより教科書は落書きだらけで先生に叱られるヤツの方が絶対にアドバンテージを持ってる、そう言うくだらないことの積み重ねが、どう撮ったらカッコいいか、思考鍛錬が出来ていると僕は思う。
昨日書いたように1点ではなく積み重ねの1本線の上に成り立つんだと思う。

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