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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

下積み時代の僕のこだわりとその想い出の回想 

20代の半ばのころ、家具工場で職人修行をしていた、3年の住み込み修行させてもらったけど職人仕事なんてとても自分に合わないと判断し、修行期間が終わって即座にカメラマンの道を探し始めた、僕は名古屋人だったけど、そんな仕事が名古屋にないと思っていたら、名古屋でも広告はあると聞いてはじめは名古屋で下働きの場を探した。
名古屋で、ちょっとした仕事をやってるスタジオ情報を見つけ、片端から電話して履歴書を持って訪ねて行ったけど、どこも同じように口を揃えて言ったのは、26才にもなって写真学校すら行っていない、それでカメラマンに本気でなりたいなら今まで何をしてたんだ?そんなヤツを雇う余裕はない、と断られた。
でも仕事内容を見せてもらったら、正直な話、魅力なんかちっとも感じなくこれがしたいとは思わなかった、多分、相手にすれば業界の現実なんか知らないクセにすごく生意気なヤツだなって思っただろう、、、、。
それで行く場がなくて、これからどうすればいいのか彷徨ってたら知人が紹介したスタジオでなんとか雇ってもらえた、でも半月働いてやっぱり案の定シックリと来なく、自分がしたいのはこんなことじゃないって思っていた時、お世話になっていた会社の社長に話すと「それなら、さっさとやめて荷物まとめて、自分のしたいことを探した方がいいよ、もうこれ以上時間の無駄だし、明日にでも東京に行った方がいいよ」とあっさり言われて、僕はそうした。
そういう気の利いたアドバイスはなかなかできるものじゃない、よく言ってくれたなって思う、人生でなにか探し物をする時に重要なのは、自分がピンと来る気持ちがすごく重要で、気が乗らないけど仕方ないから選ぶ、そういう選択は所詮はそう言うものでしかない、仮に選んだところで上手く行かないのはだいたい分かるし、選ばれた相手だっていい気はしないし、結局誰も幸せにしないことが多い、その頃、学んだ僕の人生訓です。

それで僕は東京に出て、まず都内の有名スタジオで働く場を得た、写真学校を行っていない、そんなこと問題にならなかった、そこはただのスタジオでカメラマンの助手になるところではない、カメラマンが撮影に来てそれに立ち会わせてもらって仕事を手伝う、相手の希望するライトを組んだり、必要な機材を揃えたり、助手代わりをしたり、そうやって現場体験をして仕事を覚える。
そこは僕にしてみれば本当にいい場だった。名古屋ではどこも相手にしてくれなかったけど、東京に来たらすぐこんな理想な場に巡り会えるとはまさか思ってもいなかった、「直感の示す方角に行く」この感覚がどれだけ大事かことを示すのか、」この時に深く知った、雲の上に立つカメラマンの撮影、カッコいい外人モデルや有名タレントの撮影が毎日立ち会えるし、もっぱらチラシ仕事ばかりの名古屋では見られない仕事ばかり、同じ下働きをするにしても、安月給でコキ使われるにしても、ここでコキ使われた方がずーっと幸せだと思った、名古屋では「断ってくれてありがとう」って思った。
それで入ったばかりの新人はスタジオにはまだ入れてもらえない、朝から晩まで入り口に立ってお客さんのクルマの車を移動整理したり、荷物をスタジオに運んだり、行き先の案内をしたり、入り口でお客さんの接待雑役を2〜3ヶ月する、毎日こればかりがイヤでスタジオを辞めた奴もいたけど、僕の家具工場に比べたら、こんなのは天国気分だった。
高級外車で颯爽とやって来るカメラマンを見たり、オシャレな南麻布を行く人たちを見たり、キレイな外人モデルたち相手に英語で冗談交じりで案内をしたり、彼女らの質問に答えたり、これはただの雑役係でも楽しかった、名古屋の地味で退屈な家具工場で働くことにくらべたらずーっと楽しくて天国にいるような毎日だった。
僕の場合、英語やフランス語が少し使えたから、モデルが何か言いたいことがあればすぐ呼ばれた、新人だろうが何だろうが、そういう特技があれば一目置かれたし、僕の扱いは徐々に変わった。やや早めだったけど僕もスタジオに入れるようになった、でもそこで何をして良いのかさっぱりわからず、動けず、怒られっぱなしだったけど、ライトはこうやって組むのか、カメラマンはこうやって撮るんだ、、とか、徐々に覚えて行った。
でも僕は今振り返ると、みんなみたいにライティングについて細々とノートに記録したりしなかった、その違いなんか僕にはよく分からなかったし、、、、そんなことより、もっと変なおかしなところばかり真剣に見ていた、例えばモデルのクセとか感情の起伏とか、扱いやすいモデルとそうじゃないモデル、高そうなモデルと安そうなモデル、その違い、それは顔とかスタイルだけではなく、どうやら生まれ持ったオーラだなって思ってそこばかり観察していた。
それともう一つ観察の関心事はカメラマンの観察だった、日々いろんなカメラマンがスタジオに来る、ダサい車の地味なカメラマンもいれば、ポルシェやベンツで颯爽とやって来るオシャレなカメラマンもいるし、ボロくてダサい車だけど先端のカメラマンもいたり、いろんなのが来て面白かった。
それらのカメラマンが撮影をどう展開していくのか、カメラマンの個性次第でそれがどう違うのか、そこにどう上がりに影響が出るのか、そこで撮られたポラを盗み見していた、スタジオではそんなことばかり目が行ってた、往々にしてオシャレでカッコいいカメラマンはオシャレでスマートな撮影をする、そして旬のタレントを起用した有名広告が多かった。
キラッと、オシャレでカッコよく、モデルも高めで、キレイどころを揃えた撮影の雰囲気は豪華になる、そしてカメラマンもグレードに見合ったカメラマンが撮る、誰がそこに線を引いて決めたわけでもないけど、なぜか自然にそうなる、反対に地味でダサそうなカメラマンは地味でダサいブツ撮りを延々と夜中まで撮っていたり、それらのカメラマンがモデル撮影をするにしてもやっぱり地味でパッとしない撮影になる。
その差って一体何からこうなっちゃうのか?僕は考えた、これは始めから決められた身分とかステータスの違いがそうさせるのか?これはもう写真が上手いとか、下手の問題とはちょっと違う気がし始めた、それを論ずる前にカメラマンが醸し出す雰囲気で、行くべきステータスは決るなって思った。その現実を思うとカメラマンの作るライトの違いなんてもうどうでもいいように僕は思えた、だから細かな細部なんかこれ以上見たって仕方がない、、、、と、あのころ思った。
その時に思ったのは自分が誰か助手に付くならば、カメラマンのスキルや写真の考えを学ぶのも大事かもしれないけど、、、、カメラマンのオーラとか雰囲気の方がよっぽど重要で、魅力を感じるカメラマンの横に付いていたいな、、、、って思った。そう言うカメラマンはどんな価値観で、どんな生き方で、どんな経緯でそうなれたのか、そこが一番知りたいなって思った、それさえ知ればスキルなんてもうどうでもいいことに思えた、でも結果的にそう言うカッコいいカメラマンの助手になるのはすごく難関なのは分かっていた、僕ではそれはちょっと難しそうな話だって始めから分かっていた。

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