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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

北アイルランドにUKとブレグジット見学に行く 

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アイルランドはイギリスとあらゆる面で似てると散々書きましたが、ただ一つ決定的にイギリスとアイルランドに大きな違いを感じたのはアイルランドは完全なユーロ圏でした、もちろんイギリスもユーロ圏ではありますが、イギリスのユーロとアイルランド、フランス、ドイツのユーロとはやはり違います、まずイギリスはあくまでもポンド通貨ですしイギリスは入国管理を独自にきちんとやっていました。
日本人からすればユーロもイギリスもさほど大した違いはない遠い異国でしかない話でしょうけど、このユーロの新しい時代感覚に疎いのは少なくとも世界の新しい流れに相当鈍感と言わざるを得ない、これは二つの大戦を経てヨーロッパは遂に人類の歴史に残るべく大変な社会革命を実行したんだと僕は思う、また世界の時代感覚の先端を感じていたいならこのことはよく理解しておくべきことじゃないかと僕は思っている。
まずユーロについてですが、昔はヨーロッパの旅はフランスからイタリアに行く、ベルギー、オランダに行く場合、それぞれの国の度に入国審査、通関を経てその国に入国できたわけです、実際はパスポートにハンコすら押さず見て終わる場合も多くありましたが、でもその国に入る場合は通貨両替だけは必須でした。
以前は何も考えていなかったから、日本からフランに替えて、イギリスに入国には残ったフランをそのままポンドに替えてまた残ったお金は他の通貨に替え、帰国時には円に戻していたわけです、それに何も疑問も持たずにいたわけですが、実はその度に手数料を払っていたわけです、両替窓口では手数料について何も書いてないから気軽に替えてしまいます。
でも現実はしっかりバカらしい手数料を払っています、例えば1ドル110円が公称レートの場合、私たちは両替窓口では113円くらい払って1ドルを手にします、下手をしたらもっと損な両替をしています、また帰国時、円に再び戻したい場合も、今度は1ドルにつき106円くらいしか返って来ません、2回の両替とは実は1ドルにつき4〜7円くらいの手数料を払っています、これが2000ドルであれば下手をすれば10000円以上の手数料を払っているわけで考えてみればバカらしい話です。
これは一例で、中国元の場合、空港両替窓口では、元から円への払い戻し額はおそろしく少なく唖然とするくらいです、元購入と払い戻しで持って行かれる手数料には呆れたものでした。そんなわけで、両替はできるだけしてはならない、もしまた来る予定があるなら、残ったお金は替えずに持っていた方が無駄な手数料を払わずに済むと言う話です。

話は横に逸れましたが、つまりはヨーロッパはユーロ圏内ではまず、この問題が無くなったわけですし、一旦ユーロ圏に入国したらそのままドイツからフランスに行こうがイタリアスペインに移動しようが国内移動と同じ扱いになり、入国審査と通関手続きはなくなりもちろん両替も不要です、さらにユーロ圏の国民は好きな国に行って生活したり、働いたりも問題なく無期限で出来るそうです。
今日書きたい話はここからなんですが、要するに事実上はユーロ加盟国内では国境が消えてヨーロッパは遂に一つになったわけです、それが実は10年以上も前から実施されているんです、これはとんでもなく大きな時代の変化ですが、日本は相変わらず、その時代の移り変わりには鈍感ですし、日本人の英語力は相変わらず酷いままです。
もちろんユーロ各国は従来通り国は別々で、各国にはそれなりのマイナスの縛りはあるんでしょうけど、(それが負担でイギリスは離脱したがっています)しかし、プラス面ではいろんな場面で関税が取り払われ、無駄な手続きも廃止され人の往来は飛躍的に自由になったのは確かです、通貨も統一された、国境も廃止された、そこで浮上するのが言語の問題ですが、統一言語は当然英語なのはわかり切った話です。
これが僕が最も驚く時代の変化なんですが、確実にヨーロッパの人たちは英語で一つになったと行く度に実感しますしヨーロッパは英語が昔より遥かに共通言語になったし、その会話力の高さには驚くばかりです、スウェーデン人なんかはアメリカ人かなって思うほどきれいな英語を話しますし僕らが若かったころでは想像できなかった時代になった気がします。
また旧東ヨーロッパ諸国、チェコとか旧ユーゴスラビアではこぞって旧社会主義からユーロ経済に向かっていてどこもかしこも英語コミュニケーション力は確実に進化しました、聞くとこによればドイツやオランダや北欧諸国の先端業種ならば英語だけでも何とか生活は成り立っちゃうくらい時代は確実に変わったようです。
それはイギリスではなくアイルランドでその流れをさらに実感しました、例えば僕が停泊していた島の宿では長く停泊しているお客が大半で、そこで働く人たちも北欧とかスペインの若者たちで夜の食事時にはみんなが思い思いの料理を作って一緒におしゃべりしながら食べていたんですが、その英語コミュニケーション力は極めて高く、ネィーティブ(母国語とする人)たちと普通に英語で込み入った会話をしていたのには驚いたし彼らの会話が理解できないことにものすごい悔しさを感じつつ傍目で見ていました。
まあとは言えその中に入って話がよく分かっても分からなくても、大事なのは分かる事ではなく彼らとコミュニケーションを楽しんでいたならそれでOKなわけですが、、、、。

今回の旅のもう一つの目的は北アイルランドに行ってこの目でブレグジット直前の空気を感じたかった、かつてイギリスを隅々まで自転車で回った旅が、今回の北アイルランド訪問でUK4カ国をすべて踏破し旅したことになり、あの旅は40年を経てやっと完結したことになる旅でもあったわけです。
出発はアイルランドの西の港街、Galwayから延々とバスで北アイルランドのDerryまで行きました。距離にして320キロくらいですが、やはりまだ開発が遅れているアイルランなのか、西海岸線では一本の高速道路はなく地道をダラダラ、チンタラと6時間半くらいかけて北上しました。
北アイルランドはアイルランドではなくUKなので通貨や行政はUK支配下にあります、どうして北がUKに残ったかは次回に書くとして、、、そこには国境らしい国境はなく県境を超える感覚しかなかった、国を超える瞬間、スマフォのGoogle マップで確認しながら越境したのですが、何の標識すら確認できませんでした、ただバスから降りた時点で、通貨はポンドに替わっただけの変化でした。
バスターミナル前の酒場看板には€1=90P、当店ではイギリス90ペンスは1ユーロで扱います、と言う表示がされていた、つまりユーロも受け取ります、と言う意味です。これは珍しい話ではなく、陸路国境では同じことが多々あって、インド、ネパール国境、マレーシア、シンガポール国境でも過去見て来ました、例えば1、6倍で隣国通貨を受け取りますと言う意味ですが、日本人には馴染みのないシステムです。
北アイルランド、つまりUK領のアイルランドに立ったわけですが、南部アイルランド とは雰囲気はガラッと変わりはしましたが、そこがUKよりむしろ北部の中世建築が街中至る所に残った街なのが雰囲気の違いかなって思って見ていましたが、とは言えやはりポストや公共ゴミ箱とか車のナンバーとか女子高生の制服姿はすべてUK風なので、ここはやっぱりアイルランドじゃないんだなって痛感しました、それ以外は特に何も感じることなく、これ以上長くいても仕方がないと判断し、2泊して残された旅日程はまた同じ島に戻る決心をして同じバスに乗ってその街を去りました。
ブレグジット直前だったし、関税問題がどうなるのか?また揉め事がおきるんではと懸念もされていましたが、このまま何も起きることもなく北アイルランドは従来通りユーロ関税システムのまま残ると決まったらしい、、、。

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