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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

平凡な日本の家並みの中に建つ西洋式教会建造物。 

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昔、インドのゴアで海辺の小屋とバイクまで借りてそこでいっ時、生活をしたことがあります。
その生活体験があって今のように鎌倉の海辺に家を持つことになったと思う。
インドがイギリスから独立した後も、ゴアはずーっとポルトガル領だった土地で日本にキリスト教を最初に伝えたフランシスコザビエルの墓はここゴアにある。
ゴアがおもしろいのはインドであってもキリスト教の教会があちこちに点在している、また女性もサリーではなくスカート姿が圧倒的に多く、あのいわゆるヒンズー色の濃厚なインドではない、インドでありながらインドらしくないサラッとした雰囲気がゴアにはあってインドに疲れた旅人はゴアで疲れを癒す場として昔から人気がある。
その土地に紛れ込んだ異文化と共存する土地はおもしろい、例えば中華街もそう、横浜の一角に中国人街があるのはいわゆるエキゾチックな気分でちょっとした旅気分になれて僕は好きだ。
前置きはこれくらいにして、長崎の五島列島はやはり贔屓目に見てそこはただの過疎地の島だ、集落を見ても若い子たちが島を出て行くたくなるような典型的な過疎風景なんだけど、そこに忽然と立派な本物の煉瓦作りの教会がある。建物を外観から中まで目を凝らして見たが、実にしっかり手を抜かない建物にはよくここまで作ったものだ感心する。
こんな教会は本土では見られない、村人の経済力から見ても、ちょっと立派すぎる建造物だと思う。
周りの家並みは平凡な田舎の風景に忽然とドーンと教会は建っている、もしこれをヨーロッパの片田舎で見たとしたら特に何も感じないが、こんな日本の田舎で見るとグッと来る、過去の歴史を前提に想像すればおかしなことではない。
長い間、迫害された隠れキリシタンの方々は明治に変わりやっと念願の信仰の自由を手にした時、フランスから宣教師たちが続々と長崎にやって来た、そこで教会建築に熱を帯びた、ないお金をかき集め、そこまでしてでも立派な教会が建てたかったんだろう。そこに執念に似たものを感じる。
興味深いのは、その当時、日本に来た宣教師たちは教会建築技術まで持っていた、これはモノマネではなくフランス宣教師たちの指導のもとに神父自身が教会建物を設計して日本の大工たちに教会建築を指導して建てた。その第一人者が鉄川与助だった。
今回の巡礼は鉄川与助の教会建造物に重点を置いて回っている。建物の細部を注意深く見たが凝った作りが随所に見られ、鉄川与助の教会建築には情熱を感じる、でも鉄川与助は最後まで仏教徒だった不思議な話。

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