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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

巡礼の旅で思うこと 

五島の島に来て教会を訪ねる巡礼の旅に来て、そろそろ1週間が過ぎます。
なぜこんな旅を思いついたのか、、、、特に深くキリスト教に傾倒して毎日聖書に目を通しているわけでもなく、コロナで外に出られなかった、いつかは長崎に来たいと思っていたから、それがやっと実現したわけです。逆に言えばもしコロナがなかったら、果たしてここに来たか?と言えばいつかは来たいと思いながら、なんだかんだと言って海外に足が向いただろうと思う。
織田信長はポルトガル人がキリスト教を広げることは否定的ではなかった、むしろ彼らが持ち込む新しい流れを積極的に取り込んでいました、それが豊臣秀吉、徳川家康の時代になって、方針は一転して異国文化は厳しく排除された、理由はキリスト教自体に問題があったのではなく、キリスト教浸透をきっかけに植民地化しようとする考えは、神父たちにあったかは定かではないにしても、カトリック教会にはその思惑はあったようです。
国を彼らの思惑通りにさせないために、キリスト教をはじめ異国文化を一切禁止にした、秀吉、家康の判断は先見の明がある判断だったと思います。でもそこがどうにもならなさ、思惑のすれ違いと呼べばいいのか、人間であるが故の利害のズレとしか良いようがない、そして多くのキリスト宣教師、信者たちは厳しい迫害を受けたわけです。

僕は五島列島を旅をして、その事実について何か答えが知りたかったわけでもなく、この足で歩いて、この目で見て回って、本では感じられない何かを感じたかった、、、、それが旅なんだと思います。
今回、こちらに来て肌で感じたのは、貧しい環境の中で迫害を受けて尚キリスト教を信じ続けた人たちの壮絶な思い、明治以降、晴れて解禁になって信者たちに寄り添った神父たちの双方の壮絶な思いが肌で感じられた、要はこれに尽きるのかなと思います。
写真を撮っていて最も必要なものは、この肌で感じる感覚だと思います、都会暮らしの人たちは物は便利で情報は豊富だけど、写真を見て時々感じるのは肌で感じて撮っていない、スキルやアタマが先行して物を捉えるばかりで肌で感じて捉えられていない、でもこれは感性能力だと思います。
ずいぶん昔、ある人がこんなことを言ったことが記憶に残っています、「インドにこの前ふらっと1ヶ月くらい行って来ましてね、、、、すごいですね、あの国は、、、本を10冊くらい読んだほど中身がある旅でした」
僕はもうすでにその頃インドは行ってその話を聞いていましたが、それを本10冊読んだくらいと表現したのが、なんとも言えず奇妙な表現だなと思いましたが、それくらい内容の濃い旅だった、と言いたかったんでしょう。
宗教の概念、またこのように旅で感じる概念感覚は日常生活では感じられない、日常から離れた世界観に浸れるもので、僕が写真を撮る上で大事な栄養源だと思っています。

最近の、、、、(とは言えずーっと前からだと思いますが)世の中の、物事の移り変わりは止まることなくどんどん進化していきます、数年前のパソコン、スマフォはバージョンが古くて使えないと言われるほど物事は移り変わります。果たしてこれは必要なのかな?って思いながら、渋々受け入れるしか選択肢はないので、好きとか嫌いは横に置いて受け入れています。
使いこなせるようになると、確かになるほど、、、、と思いながら使っています。昨年、アイルランドを旅した時に持参したノートパソコンが壊れ、仕方なく一切の情報入手はスマフォだけに頼るしかなくなりました、普段はあまりスマフォはアテにしないんですが、この時ばかりは頼るしか手はなく、慣れてみるとなかな使い勝手のあるものだとやっとわかりました。
これ一本でアイルランドの島の道のはっきりしないナビゲーション、宿の検索と予約、日本とのやり取り、電話機能だけではなく様々な機能、もう無くてはあり得ないシステムです。
でもこれに浸っていると人間が本来持っていた、ある種の感知能力みたいな感じる能力が、少なくとも、育つとは言い難い 方向に向かってる気はします。とは言え今風の若い子たちを見てると間違いなく古い世代のおじさんおばさんたちより、 鋭い感覚を持ってるように感じます。
感じる人はどの世代も感じられるし、感じない人はどの世代も感じないし、、、、。
話をまとめると、都会の流れのなかに生活していると、パソコン感覚とは逆な、かつてここで激しい迫害と晴れて解禁になった時、凄まじい勢いで教会を建てた人たちが長崎の五島列島にはいたことを肌で感じる旅に来た、それはやはり迫害の歴史を肌で感じる巡礼の旅なんだと思う。

この記事に対するコメント

Re: タイトルなし

わざわざ書き込みありがとうございました、あれから小値賀島、野崎島に渡って野首教会に昨日行ってきました。
この教会に行くために船便接続が悪く中通島ー小値賀島ー野崎島ー小値賀島ー中通島まで3日要しました、
余裕がないとツアーに入らないと来られないですね、一瞬は迷いましたが、ここまできたから行くか、行ってきました。
はじめから予測していましたが使われていない教会は心に来ないですね、
むしろ荒れ果てた集落跡、墓地跡の方が遥かにショックでした。

水平線 #- | URL | 2020/10/16 10:49 * edit *

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# |  | 2020/10/13 22:18 * edit *

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