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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

インドであったリキシャーのタダ乗り 

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これは40年くらい前、、、ずいぶん昔の話で今思うと笑える話です。
初めてインドを旅した時のことです、先に書いたようにインドではボッタクリが普通で日常茶飯事のことでしたが、当時僕はまだ22歳と若く今みたいにボッタクリに対して強く抵抗できなかった、でも西洋人旅行者たちはそこはガンと意思を貫いていたのを羨ましく見てたころの話です。
ネパールの安宿に泊まっていた時、同じ宿の旅行者でアンドレというヤツがいた、彼がネパールからインドに行くには絶対に飛行機を使うべきと僕に言った、大した距離でもないしバスの方が安く妥当な選択だと思っていたが、彼はおもしろい策を僕に話した、彼の言い分は魅力があったし、当時のインド、ネパールのバス、道路事情は相当ひどく、それに350キロも1泊2日で移動するのは体力的にかなり消耗するのは目に見えていた。
飛行機に乗ればネパール(カトマンズ)ーインド(パトナ)はいくら最短距離(400キロくらい)であっても一応は国際線だから免税で酒タバコが買える、それをインドで売れば高く売れるから飛行機代が浮かせられるぜ、、、、と僕に言った。
当時インドは外国製品、輸入酒タバコには厳しい規制がかけられ、酒タバコの闇取引はいい値段で売れた、それを免税で買って街中で売る、人気銘柄はたしか記憶によればジョニーウォーカーとタバコ(555)
インドでは外国人を見つけたらあれこれとしつこいくらい言ってきた、腕時計売ってくれ、ドルの闇両替しないか、酒タバコは持っていないか、街中を歩けばそこらで相当しつこ言ってくる奇妙な国だったから、街を歩けば売る相手を探すには困らなかったが、なかなか値段が折り合わない。

アンドレと意気投合し飛行機に乗ってネパールからインド北部の街パトナまで飛んだ、空港では案の定たくさんのポン引きがまず僕らが手にした酒タバコを見て売ってくれと声をかけて来た、彼らの提示した金額はまったく折り合わずパスして街で売ることにしリキシャーで街までアンドレと二人で同乗した。
街までこんな情けない自転車で漕ぐリキシャーで果たして行けるかどうか何も知らなかったけど値段交渉して乗った、それからどれだけ走っただろうか、、、、街までまだ遥か遠そうと思えた畑のど真ん中でリキシャーのオヤジが交渉価格に上乗せを言い出した、これは毎度のことなので何も驚かないがアンドレはそれをガンと拒んだ、お前何言ってるんだ?と厳しく睨んだ、しかしリキシャーのオヤジはそこで引かずゴチャゴチャと言い続けた。
その時、アンドレは僕に「降りようぜ!」とキッパリ言って僕も降りた、二人はテクテクと畑の中の自動車道を歩き始めた、オヤジは後ろから追っかけて来て、じゃあ最初の10ルピーでいいから乗れよ、、と弱々しい声で言ったが、アンドレはまったく相手にしなかった、オヤジはしつこく乗ってくれと懇願したが、NOは変わりはなかった、これ以上付き纏うとパンチ喰らわすぞ!とアンドレは言った。
それでオヤジは情けない後ろ姿でトボトボ帰って行った、僕はその時思ったのは、これがもし僕一人だったら、こんな態度には絶対に出られなかった、でも彼といたからこんな態度が取れた、さてこれからどうするのか、、、と思ったがアテがなく歩くしかない。こんな事、日本人ならまずやらないな、、、、って考えながら歩いたが、、なんだか楽しかった。
それから30分くらい歩いた場所にバスが止まっていた、バスはどこまで行くのか?と聞くと街まで行くと聞いてそれに乗った。渡りに船だった、結局街まで払ったバス代はわずか50パイサだった、50パイサとは1ルピーの半分、当時のレートで15円くらいかな?
西洋人旅行者はこういう時は絶対に曖昧に払ったりはしない、当時の僕にはそんなことは全く出来なかった、インドを初めてきたような日本人にはそんな態度は誰もできず、インド人にいいようにカモにされていた、僕はそれ以来、アジアの旅行では絶対に相手の言いなりにお金は払わない態度をそこで覚えた。
それで、、、、免税で買った酒タバコはどうなったか?は後日書く。

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