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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

仏教最大の聖地 日本語で大金持ちになったインド人の話 

昨日は免税店で飛行機代を浮かせる目的で買った酒タバコは思うような価格では売れず、それを手に持ったまま次の目的地のブッダガヤに着いたところまで書いた、このブッダガヤは今思うと不思議な村だった、何が変か?ここは仏教徒の間では一度は訪れたい仏教最大聖地だけど、、、、なんだか聖地のわりには巡礼者、観光客がいない、ひっそりとのどかな閑散とした村で、そこにいたのは日本の貧乏旅行者がパラパラ数人いただけだった。
少なくとも僕が行った時はシーズンオフだったのか観光客らしい観光客なんて一人もいないさびれた聖地だった、しかし聖地とは言えど、聖地の住人は人間の欲望、俗の塊で、彼らのおもしろい裏話しが見え隠れするおかしな村だった、その後、僕は40年以上の年月、世界のあらゆるところを旅したが、これまで旅して来た土地で最もおもしろかったとこはどこか?と聞かれたら多分ブッダガヤは5本の指に入るかもしれない。

まず聖地ブッダガヤについて少し説明をしよう、今から2500年前、インド、ネパールの国境にカピラバーストという小国があった、カピラの王族、シャカ族の王子、ゴーダマシッタルダは妻子がいたが王位を継承する事なく妻子を捨てて出家し修行僧になった、約6年の苦行、断食修行の果て苦行なんか悟りには無意味だと識り、やつれた修行僧を見た娘スジャータはシッタルダに乳粥を寄進した。
修行僧にとって本来、乳を口にするのは厳しく禁じられていたがシッタルダはスジャータが差し出した乳粥を迷うことなく口にした、そこでやっと生気を取り戻し、その後、シッタルダはネランジャラ川のほとりの大きな菩提樹の樹の下で瞑想に入り7日目についに念願の悟りを開き「宇宙即我の境地」に達し世に言うお釈迦様は誕生した、そしてその記念すべき聖なる土地がブッダガヤです。
熱心な仏教徒なら一度は行ってみたい仏教最大の聖地がブッダガヤ、しかし僕がそこに着いて感じたのは、そんな神聖なんて空気どこ吹く風?そこが神聖どころか俗にまみれた人間模様がそこかしこに見え隠れした可笑しな村だった、僕がそこに行ったのはやはり聖地に対する憧れは多少はあったが、現実を見てまあそんなものだろうと、そのギャップをたいした矛盾もなくあっさり受け入れた。

今から40年以上も前のことだから、今再びそこに行ったら、そこが果たしてどれだけ変わったのかは計り知れないが、多分えらいことになっただろう、、、、当時のブッダガヤの村の中心は、大きな菩提樹が祀られ、その前にチャイ屋(インドの喫茶店)と食べ物屋とお土産屋が数件立ち並ぶくらいののどかだった、その中心にバスは到着し2〜3台のオートリキシャー(3輪タクシー)が停まっている感じだが、東京の浅草の門前町の賑わいぶりを思うと、これが仏教最大の聖地とはとても思えないのどかさが笑える。
ブッダガヤには世界の仏教国の仏教寺院が何軒かパラパラと点在していた、例えばチベット、タイ、スリランカ、日本寺など、、、、日本寺は中心から少し離れた場所にあった、日本寺は旅行者たちを快く泊めてくれたが食事や雑用で外に出るには中心まで遠く多少は不便だったけど設備は他より少し快適だった、始めは中心の溜まり場(バス停付近)からすぐのビルラ寺に宿泊していた、ビルラとはインドのビルラ財閥が寄進した巡礼者用の宿泊所で宿泊費は基本はタダだったけど出る時にバクシーシー「お志し」を置くのが現地のマナーだった。
食事は少し歩いた村の中心、菩提樹が祭られたみんなの溜まり場近くのチベット料理屋で毎日モモと呼ばれたチベット肉まんなどチベット料理を食べていた。

どうしてブッダガヤは毎日仕事もしないでフラフラしてるインド人の兄ちゃんたちが達者な日本語を話せるのか?これにはわけがあって、、、、これはインド人から聞いた話だけど、ブッダガヤの日本寺は地元の子供たちに勉強を教えたり、作業を手伝わせたり、それで褒美にお菓子をあげたり、ご飯を食べさせたりしていた、ある地元の子供が日本寺の僧に懐いて毎日のように雑用を手伝った、彼は代償として僧から勉強を習ったり、ご飯を食べさせてもらい、彼はやがて完璧なレベルの日本語が話せるようになった。
観光シーズンになると日本から多くの仏教巡礼旅行者たちが団体で日本寺に泊まった、彼は日本人旅行者たちのお世話、コマゴマとした雑用を喜んで引き受け、旅行者たちから相当可愛がられたそうだ、そしてある日本人が旅費を全て出して日本に招待した、さらに彼は日本人相手の土産物屋を開いて菩提樹の数珠を売って大儲けをした、やがて彼は村屈指の金持ちにまでなった。
それを見た他のインド人たちは彼のように日本語を覚えたら、彼みたいに裕福になれると村中みんなで日本語熱が燃え上がった、、、それ以来ブッダガヤでは日本語を子供だろうが話すのが当たり前になった、多分この村は英語より日本語の方が話せる村だと思う、その後NH Kがブッダガヤの現実に目をつけて番組を作った、番組では植民地ではない場所で日本語が話せる村は世界でここだけと語っていた。

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