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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

ブッダガヤのインド人社会の裏表事情 

ブッダガヤには何だかんだと2週間くらい居着いてしまった、そこが居心地が良かったかも知れないが、その季節のインドの旅は過酷だった、あまりにも暑くて体がとことん疲弊してたから動けなかったからだと思う、これを書き始めたらいろんな記憶が、一緒に遊んだヤツらの顔が次々に浮かんで来た。
最初にブッダガヤに着いた時に僕に声をかけた男、シュレーシュは付き合って徐々に分かったのは愛想良く近寄ってくるが、どこかで何か企んでいるような、儲けることしか考えていないような、あまりこれ以上は心を許して近寄らない方がいいなと感じ僕は少し離れた日本寺に宿を移った。
でもご飯を食べに行くには、村の中心、彼らの溜まり場の近くに行く、チャイ屋で毎日フラフラ屯しているインド人たちと顔を合わる、近くを通ればヒマなインド人たちに捕まる、相手しないで素通りするわけにも行かない空気があった。
彼らは快適な観光シーズンは団体観光客相手に土産物を売りつける仕事をする、そこで一年分の売り上げを稼ぎ、あと閑散期は溜まり場のチャイ屋で毎日フラフラと屯をして、時折やって来る日本人バックパッカーを捕まえては、、、ヒマを潰し、僕らに何か土産物を売りつけて小遣い銭を稼ぐのが彼らの日常だった。
インド人は日本人と違って人付き合いに距離をあまりおかない、とにかくベタに近寄ってくる、しつこい、うるさい、ベタつく、何かおもしろいギャグをやればヒマな彼らはすぐに大騒ぎする。
ある時、みんなでオート3輪トラックで街まで映画を見に行った、当時流行っていたインド映画だった、題名は「サッテンバラムスンダラム」ヒンズー語タイトルで意味なんかさっぱり分からないけど、映画が単純だから言葉なんか分からなくてもついていけた、時々何か分からなければ、一緒に行った子供に「どうしてあの人怒ってるの?」と聞いたら、ちゃんと丁寧に小声で教えてくれた。
インドの映画館館内はとにかくおもしろい、あれは一回は見た方が良い、映画に合わせて歌い出したり、ハラハラシーンは足をドタバタと音を立てたり、悲しいシーンはワーワー騒いだり、泣いたり、怒ったり、感情をあらわにする、ちょっとうるさいけど笑えた、映画の後はみんなでチャイ屋に入ってチャイと甘物を食べてワイワイ騒いで村までまた同じオート3輪に乗って帰った。
その後、僕は映画の女優さんの名シーンのモノマネをしたらヒマな彼らは大喜びした、それ以後、娯楽の少ないヒマなインド人たちは僕の顔を見る度に「シンジさん、あのルッパ(主役の名前)のヤツ、またやって、やって、やって、お願い、、、」とにかく飽きずに何度も何度も言う、この人たちには「もう見飽きた、、、と言う感覚」がまったくないのか?ってマジに思った、これが日本ならとっくに飽きられるのがオチだけど、、、、。
僕の出会ったブッダガヤのインド人は大体はそんな感じのヤツらだった、村には仕事がないのか、シーズンオフは毎日、日本人相手に遊んで暮らしていた、稀に西洋人バックパッカーも立ち寄るが1〜2日で出て行った、そこは日本語村だからか、、、日本人はそのまま長く居付くヤツが多く僕もその一人だ、彼らは西洋人より日本人の方が、言葉の問題、相性が良いのか、日本人好きが多かった。
もちろん彼らの目的は日本語が話せたら日本人巡礼団相手に土産物を高く売れるから日本語勉強は大事な仕事、そもそも日本人は楽で良い、多少ふっかけたところで誰も文句も言わない、あっさり言い値で買ってくれる、彼らにしたら良い客だと思う。
ある時、普段、話さないインド人が僕に声をかけて来た、日本からの手紙を読んで欲しいと言われて彼の家に行った、仏教巡礼でブッダガヤに来た日本人のお年寄りからの手紙だった、彼は日本語が話せても日本語は読めない、書けない、それを読んで聞かせ、彼の話すまま返事代筆してあげた。
後日、その話を聞いた、最初に僕に近寄ったシュレーシュに家に誘われた、どうせロクな話じゃないのは薄々感じたけど黙ってついて行った、家には日本の雑誌、何冊か見せてくれた、すべてヌード付きの雑誌ばかり、プレーボーイ、平凡パンチ、GORO、などだった、インドではポルノはもちろんヌードが載ってる印刷物は一切禁止だった、またインドの印刷に比べて日本の印刷の日本人女子のヌードは彼らにすれば絶品モノだった、新しい雑誌を送って欲しいと頼まれた。
彼らの好みはハッキリしていた、どちらかと言えば、大人の熟女ヌードではなくて、女子大生、女子高生っぽい、日本人の若い子のヌードがどうしても欲しいと僕にしつこく頼んだ、彼らの好みはロリコン趣味、日本の女子高生には目がなく、それでマスターベーションするんだとマジメに僕に話した。
当時のインド社会は男女問題はビックリするくらい保守社会だった、結婚前の男女が手を繋いでベタベタ、イチャイチャして街を歩くのはあの当時は考えられなかった、まして日本人のヌード付き雑誌はよだれが出るくらい欲しかったみたい。
村に2週間くらい居付いたら、、、だんだん村の人間模様が徐々に見え始めた、見たくなくても見える、聞きたくなくたって聞こえる、誰と誰が仲が悪く口を効かない、誰が誰にはアタマが上がらない、誰と仲良くしたら誰が嫉妬する、誰が誰からお金をいくら借りている、言葉が分かると知らなくても良いことまで分かるし、聞きたくないことまで聞かされたり、、、、だんだん疲れ始めた、もうこの村はここらが辺が引け時かって感じた、それでブッダガヤを出てカルカッタに向かった。
今思えば、それらは遠い昔の思い出に変わった、それ以降いろんなところを旅したけど、ここは妙に思い出深い場所だったと思う。

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