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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

撮るとは、、、、向き合うことなんだって思った。 

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前々回に書いた通り、ドヤ街をドヤ街として、凄まじさを撮るのは僕はあまり気が進まなかった、初めてここを見た時に、心がさっと動かなかったのはそのせいだった、でもその時は何も撮れずただ悶々としてただけだった、日本では絶対に出会えない状況に出会っておきながら、心が動かないで出会っても何も撮れず、そこを去ったなら相当に困ったものだ、このころはまだアタマで物を考えるくらいしか出来なかったんだ、、、、情けない限りだ、、、。
「出会って出会えず」と言う言葉がある、それは物事に対し出会っていても目が鍛えられていないから、何も感じることができず、何も見ないまま素通りしてしまうことを言う、若い時はこれが実に多くせっかくのチャンスをどれだけ見過ごして来たことか、、、。
ある大御所カメラマンが口癖のように口にした言葉で「モノが見えていないんだよな、、、、」最初この言葉を聞いた時、その意味があまりピンと来なかったけど、モノが見える、見えない、とはこれを指すんだと思う。

街を撮りながら、徘徊しながら、街と戦いながら、僕はさまざまな雑念も含めごった煮のように毎日写真を撮るについて考えに明け暮れた、思うようにスマートに撮れない、そんな自分に向き合った、これをどう解釈して撮れば良いのか悩み考えた、ただ撮れば良いってものじゃない、、、、、とは言え考えたって仕方がないことも多い、でもここはしっかり考えて撮らなきゃならない場面だ、、、、毎日カメラと共にいろんなことを考えた。
そう思うと日本の日常って何も考えていないって思った、ここで考えたのは、何を考えなきゃならないのか、でも一方でこれは考えてはダメだ、、、、その分別はすご〜く重要なんだって考えた、ここは考えなきゃならない、ここは考えず直感任せにした方が良い、そんなことをあれこれ考えたり、直感に頼ったり、、、、、毎日撮っては考えを繰り返した。いずれにしても日本ではこんなことは絶対に絶対にない。
例えば、この建物に然り、、、、、これを見た時、こんな廃墟同然の建物にも人は平然と何食わぬ顔して暮らしている、難民が暮らしているんではない、もちろん富裕層でもない、そんな最低層ではないと思う、日本の感覚からすればここで暮らせる感覚が異常だろうけど、ここでは異常ではない。
撮りながら思った、異常って一体何なんだ、、、、日本が異常なのか?ここが異常なのか?これを見てどう捉えるか、そこが問われている、ただの貧しい暮らしの街と受取るか、狂った街だと思うか、おもしろそうな街だと受け取るか、その考案を白紙から考えることを問われている気がした、今になって、少なくとも僕は建物の中に入って見るべきだった、それくらいの好奇心があっても良かったのに、、、、。
もちろんえらい目に遭うかも知れない、でもただカメラで撮る前に、もっと踏み込んでも良かったなって思った。この街でカメラを持って歩き回ったおかげで日本では考えられないことを考える機会をもらった。もしインドでこれをやっていなかったら僕は何も考えられない思考になっていたような気がする。
要するに撮るって行為はただ良い写真だけを求めるんではなく、出会ったことに向き合うことなんだ。

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