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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

日本を出て本当に良かった、、、、 

ゴアに着いて成り行きから小屋一軒を借りることになった、ゴアとは州の名前で僕らが滞在したのはゴアのアンジュナビーチ、当時のアンジュナビーチはまだひっそりとしていた、特に観光地でもないし、観光客相手の宿とか店もほんとんどなかった、歩いてすぐの場所に一風変わったのんびりしたカフェがあったが、それ以外何もない、することもなくただ毎日海辺の小屋でまったりブラブラ暮らすしかなかった。
カフェと言ったところで日本のような洒落たカフェではなく、海の家のようなモノで、屋根があるだけで、窓もドアーも何もない建物、アンジュナはすべてがこんな調子で物事は適当な感じで時間が流れている浜だった。
これまでそんなゆったりした海辺で長く過ごした経験がまったくなかった僕らにとって、ゆったりと時間が流れる暮らしが新鮮だった、それにインドの旅はもう3ヶ月になろうとしていた、インドを点々と渡り歩く旅にもう疲れ飽きたころだった、ましてムンバイのドヤ街で戦うように写真を撮った後だった、浜辺でのんびりと波音を聞き、ゆったり蕩けた時間の流れはすごく新鮮で1週間なんてあっという間に過ぎた。
小屋のオーナーに結局は滞在延長を3度もお願いしたくらいアンジュナビーチに長居した、街に繰り出して生活に必要な物資を調達したり原付バイクまで借りて生活を楽しんだ、ただし国際免許を持っていなかったから警察の目を盗んで走るしかなかった。仮に見つかったとしても賄賂を払って終わるけど、、、。
バイクで気軽に街まで足を伸ばせた、何度か行ってアクセサリーの材料屋を街の片隅に見つけた、僕はアクセサリーを仕事で作っていた、ビーチでは毎週日曜日にフリーマーケットがある、出店料を払えば参加は誰でも自由、アクセサリーを作って出品することにした、他の日本人はウォークマンとかmade in japan製品を売ってたけど、日本人はそんなものしか売らないと思われるのがイヤだったからアクセサリー売りにこだわった。
調達できたのは真鍮の針金、ラジオペンチ、ビーズ、、、これだけあれば作れる、それ以来、浜の小屋はアクセサリー作り内職工房になった。売り上げはたかが知れていたけど、材料費とその晩のご飯代くらいは何とか稼ぎ出せた、僕らはそこでちょっとしたインドの海辺生活をした、その暮らしの体験が、後々、鎌倉の海前に家を持つきっかけになったけど、まさかそんなことになるとは夢にも思わなかった。もしこのゴアの暮らしを体験していなかったら、その後散々訪ねた、アジアの小さな島暮らしの旅もなかった、出会いとはちょっとしたきっかけの中にある。
ゴアでの浜辺の小屋暮らしは気がつけば一ヶ月間生活をした、日々残業ばかりで、あくせくした暮らしがイヤで日本を出たけど、インドでそこから脱却出来たかと言えば、現実はそうではない、染み付いた習慣は想像していた以上に恐ろしい、、、、インドでも2ヶ月半くらいは忙しい旅を繰り返した、何のために旅に出たのかって思った。
インドの旅で日本人がよく罹る病いが肝炎、日本からの体力は3ヶ月までと言われている、それ以降は自己管理次第で衛生環境と気温の厳しいインドで過酷で無理な旅を続けると疲弊し肝炎に罹りやすくなる、僕らもゴアの浜暮らしはちょうど良い時期だった。
毎日浜辺でザブーン、、、、ザブーン、、、、波音と共にまったり暮らすって、都会で毎日残業に明け暮れた暮らしからやっと解き放たれた、また海を知らない者にとっては、この暮らしは衝撃的な出会いだった、都会生活に疲弊した僕らにはあらためて生き方を一から考え直させられた、思い切って会社を辞めてインドに来て良かった、、、と感じた。

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