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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

やはり昭和 

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今年になって作品撮りは人を撮っていこうと撮り始めています。
物事とは自分から純粋に動機づけを見つけて始めるのが理想ですが、それだけに頼って良いたらせっかくのチャンスを見逃す、なんらかの事情から始めたことが大きな出会いを得ることも多々ある、僕は今は人物は泣いても笑っても始めた方が絶対にいいだろうなって感じて始めた。
15年くらい前も集中して撮った時期がありました、あの頃は本当に何も考えていなかった、ただ自分の感覚任せ、成り行き任せで撮っていけばなんとかなる、そうしか考えられなかった、その考えは間違いではないが、何も分かっていなかったなと思う、考えとは冷静に自分を客観視して扱わないと良くない、考えばかりが先に行ったら理屈っぽくなる、かと言って考えがない表現は浅い、理屈ぽくさせないで考えるくらいにならないと表現は浅いものしかできない。
最近インスタグラムが気楽に見られるようになって今風の写真家作品がカンタンに見られるようになりました、それを見た感想は、作品作りの考えが浅く幼い、自分を客観視できない写真、とどのつまりは作品ここまで止まりなんだなって思う。
ほとんどの作品には背景が感じられないし、ちゃんとした考えがあって撮ってるとはとても思えない物ばかり、文学的示唆に富んだ「何か」がまるで感じられない、作品から彼ら彼女らが言いたいことはなんとなく分かります、個人的な詩的な言葉では表せない気分を表現してみました、そんな言い分が聞こえてきます、でもどこかみんな似た作品が多く他と見比べても大した変わり栄えはない、そこが限界なんだなって感じながら見ています。
最近、昭和を舞台に活躍したアーチスト作品とか生き方をつらつらと見たり読んだりしています。やはり昭和の優秀な文化人は共通して今よりもはるかに知的水準が高ったことを思います、表現することが今よりももっと神聖な行いだったのか、みんな心して襟を正して表現していたように感じます、でも過ぎ去った過去ばかり美化し今の文化を否定してもつまらない老人になってしまいます。

とは言えやはり僕は昭和の文化をベースに生きて来たから、根底に昭和がどっしりある、最近、昭和で活躍した作家作品を見たり読んだり、特にハマってるのが金子國義さんの作品と生き方です、金子さんの作品は、すべてではないが、多くの場面でエロくグロい世界がよく描かれています、金子さん作品をどれか1枚選べと言われたらちょっと困る、飾ってみたい思いも湧かない、金子ワールドはものすごい好きですが飾れない。
では金子さんの何が好きなのか、今風の時代にはないアナログな価値観が作品から感じる、作品全体から日本文学に通じるアカデミックな美学が感じる、やはり平成にない存在感、知的教養に裏打ちされた美学がしっかりある、地に足がついた重量感が作品から感じます、それに比べたら多くの平成表現はどこか空虚さばかりで薄っぺらく感じて仕方がない。
例えば服にしてもですが、平成以降の巷の衣服は安っぽさばかり感じる、昭和のオシャレの方が服の値段も高かった、金子國義さんの作品集をつらつら見ると女子衣装がとにかくエレガンスで美しい、確かな美学を感じるが、平成の表現には美学があまり感じない、触発もされない、ワクワク感なんて少しも感じない。
表現文化が多様化して誰でも気軽に表現できる時代になった結果そうなった、そう言う言い方も成り立つ気はするけど、やはり表現とは、美学とは、アカデミックな教養背景がないと安っぽくなるものなのかも知れない、例えばお茶とか生花をきちんと習って来たとか、デッサンをちゃんと習ったとか、写真家の場合なら一流カメラマンから手解きをきちんと受けたとか、今の時代感覚の自己流だけでは世界観は安っぽく素人臭く生ぬるい気がします。
この時代、昭和の文化人たちから学べるものは大きく昭和文化をベースにものを考え出発していきたいと思います。

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