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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

お金を使わない海外の旅 

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イギリスの物価を書いたのでついでに僕の今回の旅の予算の話をします。
宿泊はもっぱらユースホステルに泊まります、時にして個人部屋が欲しくなる時もありますが、ミーティングルームでパソコンを開いて一人静かに作業ができるので、雑居部屋でもまあ良しとしたところです。
安宿はいくらでもありますが、でも安くないしユースホステルが良いのはセルフキッチンがあるからですが、これが僕には大きいです。
たしかに、ロンドンで1泊3300円でしたが、これがB&Bの安宿では多分6000円はするだろうしキッチンはないと思う、海外に一定期間滞在するにおいて、かかる予算と体調管理を考えるとキッチン付きのユースホステルはやはり魅力です、でもヨーロッパの都市のユースホステルは場所によっては快適とはとても言えないところもあるからそこは十分吟味しないと苦痛になる。
以前、パリに20日くらい停泊した時、パリの中心のユースホステルに泊まっていた時は、値段は安いんだけど部屋が快適じゃない、キッチンもない、それでそれ以降の滞在はどんどん中心から外れたところを選んだ、そこは宿泊客も適当に少なくキッチンもあるし、交通もさほど不便じゃないし、快適かそうじゃないかでは、20日も泊まるとやはり重要になる。
ロンドンでもそうだけど、ヨーロッパはファーストフードレストランが日本みたいにたくさんないし、またそんなの毎日食べたくないし、しかも食事にかかる経費は外食かセルフかではやはり金額に大きな差が出ます。自分で料理するとは言ってもスーパーでは馴染みのない食材は、特にチーズ、ハム、ソーセージなどは珍しいものがたくさん、あるからしかも高くもないし、料理も好きだし、自由に好きなもの買って楽しんで買って食べている。
自炊ってお金を節約し侘しそうな印象があるけど、それは僕には無縁でレストランでビール頼めば4ポンドする、でも自分でビール飲みながら料理してたらビールなんて2ポンド以下で収まるし多分一回の食事は10ポンド(1500円)も使っていないんじゃないかな?でも外食はすぐに20ポンドは軽くするから毎日毎日外食の暮らしはできない。
今回の滞在では1日1万円を目標にした、それを15日で15万円プラス飛行機代9万円で雑費1万円でトータル25万円でなんとかならないかやって見たけど、帰国して精算したらやはり30万円だった。
でも僕がフライトした価格はわりと安く、それ以後の価格を見ると10万円以下は滅多にない、どこも東京ーロンドン往復は12〜15万円くらいしてた、それに宿はユースホステル以外ですべて外食に頼っていたら、一体いくらになったんだろうか?何もしなくても40万円くらいになっていたのかな?
今回のロンドン滞在は外食は数える程度しかしていない、宿代も安かったし、大半は自炊で終わったし、パブも滅多に行かないし、、、、結構かかったのは交通費、かなりの頻度で1日3〜4000円を交通費に払っていたし、植物園、ガーデンの入場料は日本よりかなり高く、1500〜2000円は普通だった、つまり3日に2回は交通費と入場料で5〜6000円を払っていた。
でもそれが高くて節約しようって気はまったくなかった。ロンドンから一歩も出ないで燻ってるより、毎日のように列車に乗って遠出していろんなガーデンや植物園巡りは楽しかった。
ここで何度も書いたけど、やはりロンドンの物価は日本くらべると高いなって実感してた、スーパーでの買い物ではそんな風に感じたことはなかったけど、パブには入って価格の安い庶民料理のフィッシュ&チップスとビールで22ポンド日本円で3300円と言うのはやはり毎日これではさすがにきつい。
ただ、日本人一般の方々はヨーロッパに何度も来れるものじゃないし、せっかく来たんだから、レストランで美味しいもの食べて、有名店で買い物して、タクシーに乗ってあっちこっちに行って、お金をたくさん使うのは仕方がないことで、僕らのように、安宿に泊まって自分で食事を作って、そこで何日も停泊して何かをするのとは趣が違うから、同じラインで語れないし、金銭感覚も違って当然です。
僕の場合はまた来春、花が一斉に咲き始めたら来ようかな、、、って企んでいるから、旅費はエコノミーにしないとお金が持たない、またそう言う旅のスタイルが僕は好きなんだなと思う。

時々、海外に行って感覚のリフレッシュをする 

先月、約半月間、イギリスに滞在していました、日常を離れて海外で何かをすることは仕事以外で海外に行くのは久しぶりのことでした、これについて今日は少し書きたいと思います。
僕らのように会社員ではない時間や立場に縛りがない者の特権は何と言っても自由です、自由気ままに何かができることしかありません、とは言え世の中とはしっかり関わりがあるから長く行けたとしても2〜3ヶ月くらいが限度かな?
こう言うのは世の中から見たら旅と言えるんでしょうかね?旅とはあっちこっち旅することが旅だから、僕らの場合は旅とは言えないのかな? 最近は海外に目的を持って何かをすることが多く現地でリゾートに行ってゆったりとかじゃなくて、日程は意外に忙しく、自由で行き当たりばったり、行くアテもない外遊ではない、とは言え世に多い1週間以内であっちこっち行くツアーよりまだゆったりしてる、やっぱり海外は何もかも環境が違うから気分も考えも物事の見え方が変わってとても良いです。
一定の場所にずーっと縛られる生活は思ってる以上に思考を固定させます、人間のアタマが良いとか、良くないとかは、単にアタマが優れているだけではないと思います、常に好奇心と疑問と向上心で物事を見られるかにかかってると思います、逆にそれが脳を活性化させると思います。
そう言う意味で環境を変えて目的を持って旅をするのは観光地巡りの旅より僕は好きですし充実感を感じます、そこに行かないと出来ないことをしに行きます、そこで観光地巡りしたり、有名店で買い物したり、何かを食べたり、これらはよほど興味がなければしません、そもそも僕にとってガイドブックは事務情報に入手に使います。
ロンドンならオイスターカード(交通カード)を入国してすぐ入手法、使い終わった精算法、〇〇はどこで受付時間を知ること、最近の料金システム、イギリスの鉄道切符は、9:30以降、日帰り往復切符は値引き率が大きい、これら知っておかないと損をする情報をガイドブックをフライト中に到着前までにしっかり目を通す。
今回ロンドンに行ったのはイギリスの植物園を訪ねたかったからです、やはり日本の植物園だけではどうしても見え方が日本的な見方でしかなく、イギリス人にとっての植物園ってどうなのか知りたかったからです、なんせ植物園とはイギリス人が生み出したもので、それは聖地巡礼みたいなものです。
僕らプロの写真家は写真を上手に撮るだけが仕事ではない、写真を上手に撮るだけなら、そんな人はいくらでもいます、上手な写真で高いギャラをもらうんではなくてみんなが知らない文化の引き出しをたくさん持ってることでギャラをもらっていると僕は自負しています、だから時々いろんな国に行って新しい発見をして新鮮な気分と刺激を受けてまた日々の生活に活かす、それが僕の財産だと思っています。

昔僕がイギリスに滞在した時、70年代後半ですが当時のポンドと今のポンドでは価値がまったく違います、あの当時1ポンド(当時1ポンド=480円)あれば最低でもちょっとした食事が出来ました、今の日本だって1000円あれば7〜800円くらいの定食屋はいくらでもあります。
僕の部屋は1週間10ポンドで家具、ベット布団付き、みんなとの共用ですが食器も鍋もありました、入ったらすぐ生活開始できました、10ポンドは4800円ですが10000円感覚がありました。それが当時のイギリスの物価感覚でしたが、今は1ポンド150円くらい、今の物価はパブでフィッシュ&チップスと1パイントビール1杯で20ポンドは越えます。20ポンドとは3000円くらいです、当時に比べたら物価がすごく高くなったとびっくりしています。
当時のバスの初乗りは20ペンスくらいです、地下鉄も30ペンスくらいだったかな、、、?今は2〜4ポンドくらいします、電車で1時間くらいなら往復で4〜5000円くらい、日帰り、ラッシュタイム以外で安くなってそれでも3000円以上で物価はずいぶん変わりました。JRはまだ安く鎌倉ー新橋(50分くらい)で片道780円くらいで、往復値引きも時間帯値引きもない、また自転車を自由に列車内にイギリスは持ち込めます、これもイギリスの特権です。
物価に関して言えば、イギリスが変わったんではなくて、実は日本の物価が変わらなかったんです、オーストラリアに行った時も驚いたのはシドニー動物園の入場料はなんと4000円でした、いまの日本の物価感覚を外に持ち込むと世界中が高く感じます、日本はかつて世界で物価の高い国でしたがここ30年で世界の流れから後退したようで物価は止まったまま30年前とさほど変わらず安くなったものさえあります。
最近日本には外国人旅行者が多く見られるのは、ヴィザが取得しやすくなっただけではなく日本の物価が安くなったからじゃないかと僕は思っています。これらの流れは日本いただけでは分からないことですが、外に行く度に世界の流れをあれこれ感じます。

文を書くことが日常化すること 

ここ最近。ブログを書く頻度が落ちました、あれこれ雑用があってブログに意識が向いていなくて書けない状態です、今日はブログを書くことについて少し僕なりの所感を書こうと思います。
僕の書く文章なんか一体誰が読むんだろうと時々思いますが、目を通す人はパラパラいるようです。
写真を撮ることは見たものに対して何らかの見所とか見た人の視点があって撮るわけです、これがないと撮ってもつかみどころのない写真になります、このブログはその目線訓練といったらちょっと違うけど目のつけどころ、洞察力を日常化しておきたい考えはやはりあります。
写真がおもしろい、見る側の心を惹きつける写真、それと文章がおもしろいこと、これは僕からすれば使う神経は 共通性はあると思います、おもしろい写真を撮る人は、その人が書く文も多分おもしろいと思います、逆につまらない写真を撮る人がおもしろい文を書く、そんな例はあまりないと思います。
文を定期的に書いていて感じるのは、あるネタを見つけそれを文にするには、やはりおもしろくする組み立て方ってあります、おもしろい文にできるか、つまらない文で終わるかは、書き手のセンスが大きく、このネタは人の心を捉える「何かがある」か「何もない」か、そこを感じ取るのは書き手次第です。
どこから話は始まって、話のどの部分をピークに持って行くか、ネタをおもしろくさせるためには、何か別の話題を引き合いに出して、話をよりおもしろくさせるとかの演出も重要です、そこから話をどの辺で区切って終わらせるか、どう構成するか、アタマを使わないと話にテンポとリズム感がつかない。
ただ話をダラダラ同じテンポで事実を書き述べるだけでは何の説得力を持たない、その辺の組み立てセンスが下手だとせっかくのネタも話はつまらなくなるし魅力のある話にならない。
話のおもしろさはネタの良し悪しは当然ありますが、どう展開してカタチにするかは書き手次第です、こういうのは多分、映画もそうだろうし、漫才でも、料理にしてもそうだと思いますが、ツボは同じじゃないかと思います、つまり写真も同じだと思っています、あるネタを写真にしようとしたとしても、それをどう上手く見せるかは、撮り手のセンスだと思います。
そういう魅力とはスキルがあるからとか、きちんと上手に撮れているからとか、ではなく何をどう見せたら魅力があるかにかかっていて、それらの演出センスは別物だと思います、逆に上手くきちんと撮れているばかりに返ってツマラナイ写真になる場合もあります。下手がいいわけでもないけど、スキルは使わない方が生き生きとする場合はあると思います。
今手掛けている魔法植物園は特にそう思います、どうしてもこれ以上手法を無視すると作品がダメになる気がするんですが、「そんなの構うものか」って思いながら、もっと勢いみたない気分を大事にしながらどんどんカタチを壊しながら撮っています。
そんな感覚的な脳を引き出すには文が日常化していることは僕にとって悪くないと思う、だから日々生活の中で感じることとか見たことを文章化しそこに自分なりに脚色して文にしています。見た事実ではなく自分が勝手に作った世界の話を書いてるわけですが、それは心の洞察力が鍛えられるわけですが、自分の心の洞察力ってとても重要だと僕は思います。

好奇心の強いうちの子ネコ 

今年の7月に子ネコをもらいました、この子ネコが今まで飼っていたネコと性格がまったく逆で、好奇心が見たことがないくらい強い子です、今まで見たネコが絶対にしなかったことをこの子は次々に何だってやっちゃいます、良く言えばお利口でおもしろいネコですが、見方を変えれば、やんちゃで扱いにくい子です。
今までのわが家のネコはとにかく人懐っこく、訪問客にも人見知りすることなく初対面の人の膝に乗ってアタマを撫でられたり、愛想を振りまく達人でしたが、この子にはそんな愛想はまったくありません、誰か見知らぬ人が来たら一目散に逃げ隠れ当分出て来ません、また今までのネコは自分で引き戸を開けるまでにかなり時間がかかりました、ネコは二匹いて、もう一匹は引き戸を自分で開けたりしませんでした、戸のガラスを手で撫で回すだけで、戸をこじ開ける方向にまったく行っていませんでした。
この子ネコはまだ生後半年足らずの子ネコですが一匹が開けるのを見てすぐ覚えてしまいました、そのうち自分の背丈よりはるか上のカギをジャンプしてロック解除だってこの子はマスターしそうな気がします、この子の行動をじっくり見てると今までのうちのネコではまったくしなかったこと、まさかネコにそんな知能はないと思っていたことを次々にやって僕ら家族を驚かせます。
よくテレビでやっている話、雨が降った時、ネコが洗濯物をくわえて片付けたとか、誰かが倒れた時、助けを呼びに行ったとか、そんな犬がしそうなことをやったネコの話はたまにあるじゃないですか?この子ならそれに似たようなびっくりしそうな事をいつかする気がします。
僕はこれを見て好奇心の火が付きます、ネコの行動を見てそれがどういう事なのか、、、どうしてそういう事をするのか、観察します。まず最初に思うのは、カンタンにアタマが良い子だ、それだけで終わらせたくないんです、それは何なのかもっと知りたいんです。
感じるのは、アタマが良いとは生まれ持った運動神経みたいな先天的なものかも知れないけど、どうもそれだけでは片付けられない、この子からはまず強い好奇心を感じます、その好奇心が戸を開けさせます。まだ去勢もしていないので外には出さないようにしていますが、もう一匹が自由に行くのを見て自分も外に行きたいようです、ある日スキを見て自分で戸を開けて出て行きました、帰って来ましたが一旦外に出ると、そうカンタンには帰って来ないのでちょっっと厄介です。
こんなこともありました、二階部屋で丸めた紙くずを手で転がして遊んでいましたが、それが2階から1階に落ちて、階段を使って大回りしてまたその紙くずを見つけて転がし続けましたが、普通はネコなら落とした時点で終わるんですが、この子は階段で降りてまた転がしたのはちょっとネコの知能にしてはびっくりでした。
またこんな実験をテレビで見ました、サルを何もない部屋に入れ、バナナを天井からサルがジャンプしただけで届かない高さに吊るし1本棒を置きました、果たしてサルは棒を使ってバナナを上手く叩き落とせるか実験です、動物は仲間の行動を見てそこから学習して物事をマスターして行く習性がどうやらあります、有名な話で一匹のサルがイモを塩水で洗ったり温泉に浸かったりすると他のサルも一斉にマネして芋を洗ったり、温泉に浸かったりする知られた話です。
この実験では過去他のサルが棒で何かを叩き落とすことを見たことがあれば、実験のサルは落とす確率は高いし、過去にそれを見たことがなければ落とす確率は低い気がします、つまり落とす、落とさないかはそのサルが過去にそんなような事を見たか、見ていないかで違う気がします。
うちの子ネコを見て感じたのは、強い好奇心が前からいたネコの所作を次々に見て学んでいます、それと今回ここで一番描きたい話は、アタマが良いことよりもっと大きなカギは、強い好奇心が未体験の壁を次々に破ってしまうんじゃないかとうちの子ネコを見て感じています、持って生まれた能力とは先天的能力ではなく、好奇心の行動蓄積が能力を育てる気がしました。そしてそれはそのまま人間に当てはまる気がします。
つまり生まれ持ったセンスとはここに書いたように、先天的知能資質の問題ではなく、先天的好奇心の資質問題ではないかと感じます、僕らのような業界では時々すごい才能に出会うことがあります、そういう人は一体どういう経緯でそんな能力を持ったのか、その所以を僕なりに個人的好奇心から興味あって直接本人から話を聞いたり自分なりに考えます。
本人から話を聞くと、その家庭環境、育った環境、周囲の人間関係から影響を受けた背景が見えてきます、何もないとこから突然変異も稀にいますが、でもそう言う人だって学校で強い影響を受けた良い友人に出会っているみたいですが、そこから何かコアーな部分を吸収した背景を感じます。
子ネコの話に戻りますが、とにかくこの子のアタマの中は好奇心でいっぱいです、ヒマがあれば寝てるか何かひっくり返すか、何かをいじくっています、夢中な時に下手に手出しすれば噛み付いたり、逃げるか、そのどちらかです、おとなしく受け入れてはくれません、飼い主の僕らですら思うようにならない扱いの難しいネコです、でも甘えん坊になるとすごい甘えん坊になります。
それはそのまま人間に当てはまり自分のしたい事をハッキリ持ってる人は世の中的に見たらあまり協調性があるとは言えず、決して扱いやすいヤツではないと思います。まあ冷静に考えたらそう言うことかな、、、、って思います。

ネットオークションの恩恵について 

前回、ロンドンのアンティークマーケットは掘り出し物を探すこと、カップ類に関して言えばもう完全にその楽しみは終わったと書きました、そう書く根拠は、僕はイギリスの古いヴィンテージカップのコレクターですが、ロンドンのマーケットで探してあまりにも何もないことにもう茫然自失でした、本当はあるんだけど見落としたんじゃないか?って誰でも思うだろうけど、何度もじっくり見たけど本当になかった。
逆にあらためて、帰国後、オークションの西洋食器類のカップ類をじっくり見たけど、良いものがゴロゴロと当たり前に出品されびっくりした、値段だって高くない、出品商品の中には「この商品はイギリス発送、海外からの送料と到着に時間がかかります」と書かれたものもありました、やっぱり本国のイギリスから来るのか、、、、でもどうしてアンティークマーケットのポートベロではそれがまったくないのか?僕の疑問は深まる一方です。
考えられる理由は、露店マーケットではヴィンテージカップは管理が難しく頻繁な出し入れは傷つきやすくリスクが高く、業者は倉庫ビジネスを選んだとしても理にかなっていると思う、またポートベロは観光客ばかりで良いものより安物しか売れない、壊れやすいヴィンテージ陶器は観光客相手のマーケットには不向きではないか、、、、、いくつかこんな理由が考えられます。
逆にネットオークションビジネスは品を陳列したり出し入れ頻度が少なく安定した保管状態でいられるから、壊れやすい、キズ付きやすい露店ビジネスに比べてやはり商品が安全です、ポートベロのマーケットで僕が見たカップ類はやはり傷が付きやすい状態で乱雑に重ねて置いてあったから、、、安物しか見当たらないのは当たり前な気もします。

話題は変わって、今日はこのついでにネットオークションについて書きたいと思います。
30年くらい前、1980年前半、今のように家を持っていなかったし子供もまだいなかったころ、頻繁に気軽にインドや東南アジアにバックパッカーしていました、そのころ、旅で僕らが持ってるMade in japan製品、例えばラジオ、カセットテープレコーダー、カメラから、、、着てるジャケット、靴に至るまでなんだってインド人は僕らから買いたがっていました、大きな都市なら少し歩けば、「そのカメラを売ってくれ」ともう街を歩けばそこらでウンザリするほど声がかかっていました。(今も同じかは知らない)
インドの街のバザールはまともな新品商品より中古品が堂々と幅を利かせていました、あのころから日本は物余り国で大型量販店の新品商品なんかなんの目新しさはなく当たり前の話だけど、インドのようにガラクタ品ばかりの国からすれば、僕ら日本人が持ってる品々は中古品だろうがすごく欲しい品だったらしい、でも僕がインドが羨ましかったのは、中古品を自由に売買できる市場が当たり前にあることでした。
日本はまだフリーマーケット、buy&sellは盛んではなかった、でもアメリカではbuy&sellはわりと普通みたいで、新聞一面に情報があったり、、、日本人はどうも中古品はあまり好きじゃないね、、、って日本在住のアメリカ人が言っていた。 車とかカメラは前から中古は普通だけど衣服とか肌とか口に触れる食器類は中古品は抵抗がある人は確かに多い、日本国内のbuy&sell、バザール情報は在日アメリカ人の方がたくさん持っていて一度、アメリカ人と一緒に杉並のサルベーションアーミーのバザールにわざわざ車をレンタルして買いに行ったことがあった。
それがやがてネット時代になったらヤフオクが登場し、そこらでフリーマーケットが日常化し古着屋は普通になった、僕なんか中古で十分と言う感覚だからオークションが普通感覚に時代が変わったのはすご〜くありがたいと思っている。
例えば、中古カメラ屋は世の中にたくさんあるけど、中古写真用品専門店は見たことがない、、、、この世にそんなものあるのかな、、、中野の富士屋カメラに中古用品があるにはあるらしいけど、1店舗、用品で埋め尽くされた店でもない。
ヤフオクではカメラ写真関係でも各ジャンル別にいろんなコーナーがあって、暗室用品、三脚、カメラバック、照明用品スタンド類などいっぱい探せます、特に暗室用品は絶滅寸前で生産終了した品ばかりです、今後、欲しくても買えなくなります、今のうちに買っておく必要があります、そんな時ヤフオク写真用品コーナーは非常に助かります。
間違いなく、ヤクオクの写真用品、周辺機材の在庫規模は日本でヤフオクの右に出る店はまずないだろうと思います、また売る側としても非常に助かっています、不要になったカメラはオークションで気軽に売れます、逆に言えば気軽にいい値段で売れるので気軽にカメラの入れ替えができます。
仮に中古カメラ店で買い取ったとしてもカメラ店では引き取り価格はたかが知れていますが、ヤフオクで直接個人に売れば中間マージンを大きく取られることもないので中古カメラ店とはくらべモノにならない良い値段で売れます、売ったお金を元に新しい機材が買えます。またちょっとしたものは気軽にオークションで買い足せます。
僕の考えはオークションは大変便利な存在です、日本人は中古品を嫌う感覚がまだ残っているのか、中古品価格は新品に比べて価格下落傾向があります、狙い目は写真用品上級機種です、基本的にこれらの新品は値段が高めです、みなさんそれに憧れるのか、、、高いお金を払って買うんですが、結局使わなくてタンスにしまったまま使わず終いになって終いに売り払います、その時は新品価格から二束三文に下落しています、僕らにすればあまり使った跡がない良品が激安で買えることがよくあります。
世の中でオークションは騙されませんか?と心配で手出ししない人が多くいるらしいんですが、僕は過去800回以上は取引しましたが、届かなかったことなんて一度もありません、中にはひどいタチの悪い相手に出喰わしたこともありますが、いい出会いの回数の方がはるかに多いのでまったく気にしていません、僕にとってはオークションが一般化したことは何物にも代え難い喜びです。
ロンドンのマーケットに戻りますがヴィンテージカップこそオークションが買い得ジャンルだと思います、ただこういうことは好き嫌いがあると思います、好きになれない人は上手く行かないことが多いかもしれませんし、僕なんか旅で出会うインド人と取引してる気分になるので、騙されるのも遊びのうち、くらいに思ってるせいか、スリルを感じて返って楽しいくらいです、仮にひどく騙されたとしても、、、、それに懲りることは僕には多分ないと思います。