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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

カメラの前で発するオーラ(3) 

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人を撮ることを書きはじめたらスイッチが入ったみたいで、僕の中にはその手の埋もれた記憶がいくらでもあります、そんな埋もれた記憶は人に晒したりして風通しを良くした方が良いと思う、それで遠い記憶とその想いとか、そこで学んだこととかのいくつかを引き出して書いて見たくなりました。
これはその想いの筆頭ですがある雑誌の撮影です、ここに写った大沢監督はもうお亡くなりになって、もうとっくに時効だろうし、ここにまつわる裏話も公表したところとてもう誰にも支障はないと思って表に出します。
当時、カメラマンとして仕事をやっとパラパラもらい始めたころ、でもまだバイトしないと生きて行けない微妙な時期で、自分の立ち位置を確保するためにもこれ以上の必死さはないくらい切実な気分で生きていた、もらった仕事はなんとしても結果を出さないわけには行かないと毎回、毎回が真剣勝負だった、当時の仕事ぶりはやはり珠玉だったなと思います。
でも人生ではいっ時そういう時期は必要だと思う、特に表現をするならそう言うギリギリ体験がないのは感心しない、それくらい追い込まれた必死さってそんな時期じゃないとできないし、それにフリーなら拘束されない分、それくらいギリギリまで行ける、もし会社員なら同じギリギリでももっと違うカタチで自分を追い詰められるだろう、自分が選んだ道でギリギリまで行ってなんとか成就することがあるんだとを僕はあのころに学んだ。
さらに言えば物事は能力があるから成就するとは限らない、それだけはどうにもならない、能力より切実な気持ちの方がよほど重要だ、ギリギリまで行ってやっと出会えるものがあると僕は思っている、でもそ言うギリギリまで行けることを含めそれを能力なのかも知れない、でもあんな時期をもう一回、味わうのはもうイヤだ、でも仮にまたしたくたってもうできないだろう、そう言う過酷な精神状態に僕はいたと思う。

そんなころの話です、その仕事はパリーグの監督をポートレートする仕事で、その雑誌で仕事ができるってことは無名カメラマンにとってはすごく栄誉だった、当時Jリーグが脚光を浴びて野球人気が落ちたころでパリーグは輪をかけてマイナーな存在だった。その雑誌はそんなパリーグの特集を組んだ、そして近鉄時代の野茂が表紙を飾った、野茂がメジャーに行く意思を初めて語った記念すべき特集だったと後で聞いた。
僕が担当したのは、日本ハム大沢監督、オリックス仰木監督、ダイエーホークス根本監督の3人を撮ること、撮影はオリックスの仰木監督から始まって、これは問題なくサシで監督を撮らせてくれてすんなり終わった、監督はややシャイな方で正面切って撮られるのは好まないのがすぐ分かったから、ボールを持ってもらって、いじって遊んでるところを撮らせてもらった。
後日、日本ハムの大沢監督の番になったが問題が起きた、球団広報は監督をサシで撮ることを許さなかった、わざわざ監督を捕まえないで、球場にいるところを望遠レンズで遠くからさりげなく撮ってくれと言われた。
でもその時の編集者が立派だった、自分たちの仕事にプライドがあるからできたんだと思う、黙って引き下がらず、「仰木監督だってサシで撮らせてくれたんです、やっぱり大沢監督だって同じようにしないと申し訳ないですよ、、、、って粘り強く交渉した、そのやり取り現場を、たまたま偶然に通りかかった監督ご自身が「お前ら、何言ってんだよ、、、、、、、いったい何枚シャッター切りたいんだ?」と監督は僕に大声で聞いた。
「もうこうなったらこっちのもんだな、、、」って僕は思った、でもここは絶対に躊躇してはならない、さっと「40枚です」ってきっぱり即答した。
「40枚も撮るのか!」って監督は大声で怒鳴ったけど、「はい40枚です」と怯まずに応えた、僕その大声にはまったく動じなかった、これに怯んだらこっちの負けだしきっぱりと歯切れよくするしかない、それにこの手の威圧はなんとも思わなかった、「よし、わかった、じゃあどこで撮るんだ、、、、、、」「はい、そこで撮ります」って場所の指示をさっとして僕はカメラバックを開いた。
持ちフィルム数は40枚、本当はもっと撮りたいところだった、普段より少ないけど撮らせてもらえるんだ、ここは決めるしかないってカメラをすぐにセットし撮影に入った。20枚くらい撮ったあたりかな?「このままじゃあダメだな、、、」間違いなくツマラナイ上がりがハッキリ分かった。
監督は意外にシャイで不器用なのか、ちっとも決まらない、またはカメラの前でやや硬くなっていたのか、とにかくこのままでは絶対につまらない写真しかないのは分かった、ここは一つ打って出るしかないって直感した、勝算は絶対にあると確信していた。
何を言ったのか細部まで覚えていないけど、仰木監督の名前を出してライバル心をくすぶってやろうとした、もし仰木監督に同じことをしても、多分フフッて笑われておしまいだけど、大沢監督なら間違いなく、引っかかるって確信していた、、、、そして僕の思った通り以上の結果になった。
監督はすっと立ち上がって「仰木なんかカンケーねえだろう!もう止めた!」って大声で僕に怒鳴った、でもこれは一旦謝れば収まる確信があった、それは紙一重だったかもしれないけど、ここまでやらないとこの人は撮れないって20枚撮った時点で確信した。
それで僕は即、謝った、監督はブツブツ言いながら「コトバに気をつけろ!」と言って座り直し撮影は再開した、しかし監督の表情はさっきとはまったく変わっていた、カーッと激昂したのが顔にしっかり出ていた、僕はシメシメこっちの思うツボにハマった、これがしたくてカメラマンになったようなものだ、、、って心の中でほくそ笑んだ。

その日、撮ったフィルムを現像し、写った写真を見て僕は驚喜した、これはかなり特別な例です、ここで言いたかったのは、人を撮るってことは商品撮りじゃない、きれいなライトで上手に撮れば良いってものじゃない、撮られる側と撮る側とのぶつかり合いで、そこに生まれるバイブレーションを金魚すくいのようにさっと撮るものと思っている。
カメラの前に立った相手はどんな人で、カメラの前ではどんな気分なのか、何をすべきで、何はすべきじゃないのか、相手の心を読みながら、流れを読んで、徐々にこっち側に持ち込んで、さっと撮るのが醍醐味じゃないかと思う、それが一番おもしろいって思っている。

カメラの前で発するオーラ(2) 

昨日書いた話はまだ書き切った気がしなくてもう少し続けようかと思います。
何らかのオーラを発する子って、普段から何か独特な空気を醸し出す子もいれば、特にそうではなく普段はごく普通の子なんだけど、それがメイクされてスタイリングされてカメラの前に立つとバケてしまう子もいる、それは何がそうさせてどこでそうなっちゃうのか、僕もそれについては今のとこまだうまく説明ができない。
ただこれは言えるだろう、、、と思うのは、やっぱり誰だってカメラの前に立つとは、ある意味で「晒し者にされる」わけです、自分が見透かされると言うか、隠したい見られたくない部分が丸裸にされるわけです、こっちだってプロです、それを引き出そうと必死で戦うわけです、そういう緊張感だからこそ出るものがあります。
もっと突っ込んで書くと、、、、人は誰だってあからさまに見られたくない部分はあるはずです、こっちもある種のエネルギーをかけて「撮ろう」とするわけです、そんなひしめき合いの立場に立たされたらどんな子だって緊張状態です、中には動じない、そういう空気が楽しい子もいます、さあ、あなたの好きに自由に撮ってくださいと、突き抜けた子か、ごく普通の常識的な子か、その子のありのままがそこにあからさまに出ます。
そんな状態でカメラの前に立たされたなら、普段では見せないある所作とか見せたくない姿がカメラの前で必然的に露わになります、優秀なカメラマンなら手品級の技だって使えるし、その引き出し方だっていっぱいあるだろうし、撮影とはそんな個性と個性のぶつかり合いあいです、そこでひしめき合い、モデルとの駆け引きであり、セッションであり、そのカメラマンじゃないと絶対に引き出せない表情があるわけです、そこが面白いとこで化学反応のようなマジックが発生するし、それがポートレートの醍醐味であって、機械的な免許写真との違いがあるわけです。
それはある種の交わりで、撮り始めからそうなることもあれば、撮っていくうち徐々になって行く場合もあり、理屈じゃ説明ができないその場だけのライブがカメラマンとモデルとの間に生まれます、その場でバケる子、日常ではほんとんど見えない世界に行けちゃう子、または何もないただの普通の子、何かがあるように背伸びをする子、とか色々いるわけです。言えることは、特殊な環境で育った子はおもしろいケースがやっぱり多いですね、、、、。

因みにこれは時効だろうから書くと、、、、昔サッポロビールでキャンペーンガールポスターを撮る仕事をもらいました。聞くとこによれば3つのチームが同じモデルでポスターを作ったそうです、居酒屋でよく貼られるビール会社のキャンペーンガールの例のポスターです、よくある水着ビキニ編、浴衣編、そして僕らはOL編を担当しました、ADの考えは、その子をやや知的でみんなから憧れられるOLとして描きたかったけど、実際の撮影はなかなかそうではなかった。
もし僕らがモデルを選べたらまず選ばないだろってタイプの子でした、オッパイが大きくてあまり知的とは言えなさそうな子で、見せる表情の引き出しは浅くて、つまらないし、自分の「ここが可愛いでしょう?」と思い込んでいる節があって、こっちが無意識で撮っていたら、それを撮らされて終わるだけだなって感じた、ADもそこに気がついていて、このままでは相手のペースにハマるだけで「そこをなんとかしてくれ!」と僕に指示が出た。
そこでどうしようか撮影中、やや悩んだ、あれこれやっても相手のペースはそうカンタンには壊せられない、でもそこをなんとか相手の持っている普段の撮影ペースを壊すしかないとこまで追い込まれた、でもそこにある良い雰囲気まで壊すわけには行かない、モデルのプライドまでは絶対に壊してはならないが一歩間違えたらそうなりなねない、、、それで撮影を笑いの場に変えた、はじめはモデルさんも困惑していたけどそのうちに慣れてきてケラケラ笑うようになった、そうなったらこっちのペースだ、そのうちツッコミを入れ始めてやや迫った、「ヤダ〜」と言って笑った瞬間を撮ったものがセレクトに決まった。
要するに僕がしたことは、その子は自分を見せるカバーがしっかりあって、それがそうカンタンには外せないくらい厳重なカバーがかかっていた、それが僕らにとってはつまらないと感じそれを取ったら何が写るのか?ってやったことが結果に繋がった。
出来たものは特にどってことのない表情だったけど、よくあるキャンペーンガールの表情だけは撮りたくなかったし、ADがわざわざ僕を選んだのは、僕ならそこを何かしそうだなって期待して指名されたわけだし、彼女に覆い隠されたカバーを外して撮ったら、まあなかなか悪くはないモデルだなって思って終わった、それにスポンサーさんからは3つのポスターのうちOL編チームの上がりが一番良かったと言ってもらえた。

カメラの前で発するオーラ 

写真の友人に、昨年末から撮っている、ある女優志願の子について話したら、それはブログに書いた子でしょう?って言われて、えっ?僕そんなのブログに書いたっけ?って、すっかり忘れていた、そして過去書いたものを調べたら、12月17日オーラを発する子というタイトルでその子について少し書いていた。
その時、ホントは、ブログに書きたかったことはネットで最近、撮影が入るようになった、でも本業の広告撮影とはギャラは比べ物にならないし、仕事の質自体が感心できないことが多く、そんなの受けて良いものかって躊躇する気持ちがあってなかなかそこに踏み切れなかった、でもそう考えないで、せっかくいい場所にスタジオを持ってることだし一般人を撮ってみるのも良いかなって思って始めたことが、ブログに書きたかった話のメインだった。
それでついでにそのきっかけで出会ったある女子の話を書いたんだけど、自分はそれを書いたことすらすっかり忘れていた。でも今日はその話は結構おもしろい話と思うしカメラと言う道具を使って写真を撮るから感じることで、もし僕がカメラをやらなかったら、そんな風には感じられなかったし、見逃していたことだろうと思うし、カメラを通してやっと見えることって確かにあると思う、今日はそこを少し踏み込んで書いてみたいと思います。

話は少し横に飛んじゃうけど、僕は昔、中国の少数民族を撮っていた、それも結構、エネルギーをかけて何度も中国の辺境にに行って民族を探した大変な旅だった、なんでそんなものを撮っていたのか、と言えば、難しい民族学には僕は少しも興味はない、ただ今ならいろんな民族を見た結果、少しは興味はあるけど、やはり視点が違う、単純な話、当時の日本はバブル全盛の時期で、みんながブランド服とルイヴィトンを持って、それが流行っていた時期だった。
早い話、そう言う価値基準とは真逆な世界が撮りたかっただけの話だ、カメラの前に立ったことがない連中ばかり探して、それを民族衣装姿で撮る、それだけの話だった。でもやっていくうちにそれがなかなか興味深いことをやってる気になってハマって行った。
そう言う人たちを何人も撮って行くうちに気がついたのはやっぱり文明に汚されていない人って、何か、、、どこかが不思議で、すごくおもしろいし、自分にとって興味深いことに気がついた、逆に文明に染まった人たちは、どこか画一的で個性がなく、みんなが同じに見えて、自分のアイデンティティーがないヤツって撮ってもツマラナイなって思い始めた。
だから、こう言っては悪いけど、ただのそこらの普通のモデルってちっともおもしろくない、顔が多少きれいなくらいなら、それがどうした?って気持ちになるだけで、特にハッとしない、やっぱり、この子は一体なんなんだ?って、ハッとさせられる、何かを持ってる子は撮っていておもしろい。
でもそう言うのは滅多にいない、持って生まれた才能なのか、または普通じゃない育ち方をした子か、とにかく平凡な一般家庭からそんな子は滅多に出ない、例えばキムタク、工藤静香の娘さんが今モデルとしてすごく持て囃されているけど、それはよく分かる、多分どんな表情と雰囲気をカメラの前で醸し出すのか、なんとはなく想像ができる、それはやはり親が大スターだし特殊な環境で育っている、一般家庭では身に付かない所作とか雰囲気が彼女にはあるんだろうな、、、でもそんな子は滅多にいるものじゃないって想像できる。
つまりモデルとか人を撮るってことは、そう言うその人の体に染み付いた所から出てくる、何か所作とか、何か雰囲気とか、オーラみたいなのを撮るわけだけど、それは一夜漬けではダメだ、モデルじゃなくたってある特殊な生き方をした人からだって、その人たちの独特な雰囲気とか生き様とかがオーラとして体から溢れ出るわけで、それをさっと見抜いてカメラに閉じ込めるのがポートレートの醍醐味なんだけど、、、、、。
それで、おもしろいのはここなんだけど、もう出会った瞬間、見た瞬間から体からそのオーラがビンビン出ている人もいれば、会っただけではそうは思えないけど、カメラの前に立った瞬間から感じさせる人もいれば、、、、その雰囲気の種類は一様じゃない、でもそこをどれだけ見抜けられるかが、カメラマンの才覚だと思う、だからカメラマンは目には見えないエネルギーを見抜けないと優秀なカメラマンとは言えない。

前置きが長くなったんだけど、そのオーラを発する子について踏み込んで書くと、、、、こう言うことじゃないかな?
彼女は、ハッキリ言って、まあ顔は、、、、そんなにすごい美貌の持ち主とは言えない、でも撮っていくとなんだろうか、、、、ハッとすることが時々ある、撮りながら思うのは、これがもっとスタイリングとヘアーメイクをきちんとしたら、一体どんな風にこの子は写るんだろう?って思った、ただまだまだ原石の段階だって思うけど、滅多にいない子であるのは確かだ。
今はまだ経験が浅いし、場数も足らないから、まだ未熟な感じもいくつかあるけど、時々見せる所作がものすごくカッコよくて、美しくて、突き抜けている、ただ者じゃない雰囲気を持ってる、なんだろう?って考えたら、やっぱり彼女の育ちにあると思う、彼女はカナダ生まれのアメリカ育ちで、アメリカでの時間は相当長く完璧なバイリンガルのようだ、そうか、、、、どうしてこんなに突き抜けたオーラを出せるのかって思ったら、、、、そこか、、、。
つまり、彼女は日本社会の手垢に染まっていない、いい意味での奔放さが体から滲み出ているって思った。帰国子女はこれまでにたくさん見てきたけど、こんな子はちょっと初めて見た、もう一度繰り返すけど、これはカメラの前に立ってやっと気がつく、普通に話をしているだけなら多分、気がつかない、それがポートレートのおもしろさだとあらためて思った。

僕が感じる格差社会の現実 

ここ昨今、格差社会と言われ始めて久しい気がします。
若い人たちにとっては特に違和感がない聞き慣れた言葉かも知れない、でも彼らは日本の過去を知らないし、今が自分たちの住む社会だから、それにピンとこないかも知れないけど、30年くらい前の日本を思うと日本は確実に格差社会になったと思う。
それにあのころから、日本の企業は勢いづいて元気があったけど、今では周辺国に押されかつて十八番だった日本の生産業は弱体化し、あのMADE IN JAPANの伝説はどこに行ったのかと思うほど僕らが若いころと今の日本は変わり果てた気がする、そしてもう一つ思うのは、あのころの物価感覚と今の物価感覚はそんなに大きくは変わっていない、でも世界から見るとそれは日本経済は停滞した証で海外に行く度にその事実を感じる。

僕らがちょうど20代半ばのころ、大学に進学する人はまあ普通にいた、でも高学歴じゃなくても収入条件の良い働き場所はたくさんあった、それが今とは違って信じられないくらい高収入だった、それが今と大きく違うところ。
中学卒業で進学しないで社会に出る、いわゆる中卒というけど、トラックの運転手、各業種の職人、漁師、林業、農業とか学歴なんかなくたって働ける場はたくさんあった、それに頑張って働けばなかなかの高収入だったから学校が嫌で社会に出て働いても20歳そこそこで結婚して早くから子育てを始める生き方だって一つのあり方だって思える時代だった。
聞くとこによればそれらの体を張った職種は(いわゆる肉体労働)手取りで30万40万、中には50万くらい稼ぐヤツもいて、お金はそれなりにあるけど、特にやることがなくバイクやクルマを買って、そこらを走り回るヤツらが多く、それが暴走族になったみたいだけど、要は学校なんかロクに行かなくたってマジメに働く気さえあればお金なんかたくさん稼げた時代だった、下手をすればそこらの高学歴労働者よりも彼らの方がお金を持っていた時代だった、それが僕らの若かった日本だった。
どうしてそうだったのだろう、、、、?とにかくそれが当時の日本経済だったのだ、日本は豊かで、仕事なんかいくらでもあって、外国人労働者なんかまったくいない時代だったから、3Kと呼ばれたキツイ、キタナイ、カッコ悪い、人がしたがらない仕事なら少なくともそれなりにまあまあの収入が確保された時代だった。
なんせ、そう言うヤツらの持っていたクルマと言ったら、ハデで、ピカピカで、軽とか、ファミリーカーじゃなくって、日産スカイラインとか日産フェアレディーZとかマツダのRX7とかスポーツカーに人気があったみたいだ、今ではそういうのは地方ではまだその風潮は残ってるかも知れないけど、もうそんな時代じゃないんじゃないかな?
どうしてそれが過去の遺物になったのか、、、、、?
第3次産業系の労働単価がいっときからすれば相当下がったのは間違いない、だからかつてのような高学歴労働者以上の稼ぎをするのはもはやありえない話になった、さらに追い討ちはそう言う3Kの職場、単純な労働の多くは外国人労働者に職をどんどん奪われ、日本人で高収入の仕事に就けれない労働者は、ある意味で居場所を失ってしまった、その結果、低収入労働者になった。その収入格差は広がる一方になった。
今の時代、生産の効率化が進み、かつてのようにもう人の手を必要としなった、物事は機械に頼るようになったり、ネット通販が蔓延って小売業は衰退化し、生産業は労働コストの安い海外に工場移転したりで、かつてのような何だって作れば売れる時代ではなくなった、その結果、コストダウンが繰り返され、労働者はどんどん賃金カットされ、生産はシステム化され、労働者はただマニュアル通りに働くことを強いられるようになって、考えなくても仕事はできるようになった、むしろ労働者は考えない方が生産はスムーズになった。
その結果、労働とは必然的に両極端にならざるを得ない、個々の能力を必要とされる職種か、必要としない職種か、そのどっちかで中間はあり得ない、悲しい話だけどそれが効率追求で行き着いた結果なんだ、その結果労働者社会はインドのカーストみたいに分別せざるを得ない。
別の言い方をすれば、甲の職種と乙の職種にふるい分けされる、そこに誰もあえて口にはしないが歴然としたステータスの格差と収入格差がある、それが今の職業の現実かも知れない、それが嫌なら自分のことは自分で考えて自分を切り開くしかない、誰かから働きの場を与えられるのはもはや過去のものになって自分の能力は自分で見出し自分で引き出すか、そう言う学校に厳しい受験戦争に勝ち抜くか、自分に合った働きの場を自分自身で探すしかない時代になった。
それは考えようによってどうとも取れる、昔が良かったのか、今が良いのか、、、、、昔が良かったとは言えない現実がそこにある。

個々の人が機能しなくシステムが機能する結果こんな事件が起きた、恐ろしい時代になったものだ 

昨日、家にクレジットカード会社から電話が入った、電話の中身は、「たった今、渡会さんのクレジットカードで買い物があって、ネット通販なんですが、5分くらい前、何か買い物しましたか?金額は118000円です。」
僕は「いいえ、今日は何も買っていません。」と答えた。でもそれにしても118000円とは決して安くない金額だ、、、、、それってどう言うことなのかことの成り行きが掴めず一瞬ボーッとしてしまった。
「でもどうしてそれが怪しいな、、、っておたくらは思ったんですか?そう思った根拠はなんだったんですか?」
「私たちはその取引は前から怪しいなって目をつけていたんで、今回は落ちないようにカギをかけましたが、、、、」
「と言うことは、相手にパスワードを握られたんだから、一回あれば、またあると言うことですよね?」「はい、その可能性は十分にありえますね、、、カード機能を停止しますか?」「はい、お願いします」
でも一瞬、僕はこの手の連絡を丸ごと信じるのはどうかと思った、少なくともここで自分の個人情報をうっかり話してはならない、巧みに話しかけて個人情報を引き出そうと言う魂胆だって十分あり得る。
ちょっと前だったか、、、アップルを装って来たメールに、「設定した物がダメになったからパスワードから打ち直して書き換えて下さい」ってメールが来たけど、文面の内容とか、文章使い、これは日本人じゃない文章だなって直感した、第一まともな企業の送るメールじゃない気がしてアップルに問い合わせると、やはりアップルではないことがはっきりした。
さらに言えば、何年か前、やはりパスワードを打って情報の書き直し要求が来たので、そのまま信じて書き直した途端、えらい目にあって、即刻、パスワードを替えたことがあって以来その手の誘導には慎重になった、なった、と言うより、そうならないとえらい目に遭う時世になった。

それで、先の電話の話に戻そう、、、話からしてその電話に関しては信憑性はほぼ間違いはないとは思ったけど、一応カード会社に確認のため電話した。そしたら結果は事実だった。
それにしても、恐ろしい時代になったものだと思う、僕なんかは銀行に自分の現金財産はすべて入れてある、それで必要な度にパソコンで支払い、振込を行っている、買い物にしてもわざわざ店に出向くより、ネットを開いて、それでクレジットカードで買って宅配で受け取るのが当たり前化している。人ごみの多い街のビックカメラとかヨドバシカメラなんかにたまに行くと人の多さでうんざりすることもあったりで余計に店に行って買い物をしなくなった。
品物がもう分かり切った買い物なら、あの雑多な店内を彷徨って何かを買うのが本当に鬱陶しいと思うようになってしまった。すべてのことはパソコンか電話で済ませてクレジット決済にしている。果たしてこう言うのはどうなのかなって思う時もあるけど、わざわざ電車に乗って街まで出向く必要がないから自然にそうなっている。
それにしても一体どうやって僕のパスワードとかを盗み出せたんだろうか?これはどこから盗めたんだろうか?カード会社が甘いとそうなるのだろうか?買い物した店から情報が流れたんだろうか?疑問は深まるばかりだ、、、、。

それでついでの余談だけど、この事件の確認はもらった電話だけを信じて終わりではなくカード会社に電話して、対応に出た相手にもらった電話でのやり取りと、ことの成り行き、それら事情をすべて伝えことの信憑性の確認を取った、すると相手はまずカードの再発行手続きに入った、そこで再発行に関するやり取りをいくつかして電話は終わった、終わった後でその事実確認は曖昧なまま終わった気がしていたら、、、、
カード会社のさっきの対応係の人から電話が入った、多分会社の上の人が、そのやり取りは不十分と思ってその人に指摘したのか、、、、相手から僕のところに電話が入った。
内容は、「先ほどのやり取りで不十分はありますか、、、」って聞かれたので、僕は、「そもそもカードの再発行のための電話ではなくて、その事件が確かにあったのか?それを確認のために電話したんですが、、、」と答えた。
「そう言うことは、、、、えーと私の方では即答は出来かねますが、、、、」と言った、僕は「おたくの会社のスタッフがこの番号に電話して事実確認を取ってください、と言われたので僕はしているんです、おたくが即答できないなら、できる人に繋いでくださいませんか?」って少しイラついて答えた。
なんと言うか、、、僕ら昭和生まれの古い世代にしたら、日本はいつの間にか、システムばかりが先に立って人が機能しない国になったとまた痛感した出来事だった。