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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

サル使いとゾウ使いの話 

タイの南部の島に行った時に見た話です。
島にはココナッツ林(ヤシの実)があちこちにたくさんあった。
もちろん自然のココナッツ林ではなくココナッツの実を採る立派な農作物です、ココナッツの木は真っ直ぐ高く伸びていました、こんなに高いと実を取るのが大変だろうな、、、って思っていたら、なんてことはない、こんな取り方があるのかとびっくりした。
ある時、男たちが2〜3人サル数頭連れてやってきた、サルは5mくらいの長いロープに繋がれていた、そしてココナッツの木の下に着いたら、男が何かサルにゴチャゴチャ言うと、サルはタイ語が分かるのかそのままひょいひょいと軽々しくココナッツの木のテッペンまで一瞬にして登った、そこでサルはココナッツの実を両手で抱えてクルクル回し実を取って下にポイっと落とした。
それが終わると次のココナッツをさっと掴んでまた同じようにクルクルと回してまた下に落とした、こんな調子でサルは次々にココナッツの実を落とす農作業をしていた、男たちはただ下でサルをあれこれ支持するだけだ、その木の実が取り終わるとロープを引っ張って降りて来いと命令する、そこだけ見ると、いい気なものだ、人間は一生懸命、働いている感じが少しもしない、仕事といえばせいぜいココナッツを拾い集めるくらいですべてはサルにお任せ。
あとで地元の人に聞いたらサルの作業訓練所があって、そこでココナッツ収穫作業をサルに仕込んでいるそうだ、また作業を仕込まれたサルの売買がわりと頻繁に行われている、サル取引所もあるらしい、多分、作業効率の低いサルと高いサルでは取引価格が違うんだろうな、、、仮にこれが人間だったら奴隷扱いになって社会問題になる。

次の話はインドの田舎で見た出来事、今は知らないけど、僕が旅してたころインドではゾウはバナナを運んだり木材や重いものを運ぶ作業を頻繁にしていた、時には背中に人間を乗せたりもしていた、僕はゾウの背中に乗って結構長く街を闊歩したことがある、街郊外の丘の上にある城までゾウが観光客を乗せていた、僕らは閉館ギリギリまでそこにいた、 ちょうどゾウは街まで帰るとこだった、ゾウ使いは僕らに50ルピーでゾウに乗って帰らないか?と声をかけた。
日本円にしたらたいした金額ではないがインドの物価にしたらかなり高ったけど乗った、時間にしてどうだろう?街まで30分は乗ったと思う、郊外から徐々に交通渋滞がある街中に入った、車に囲まれた中をゾウで街を行くのは ちょっとおかしな気分だった、ゾウの背中目線は高くバスの乗客を上から見下ろせる高さは不思議だった。

もう一つ話がある、僕が滞在した村の近くでゾウを何頭か飼っていた、ある時、ゾウが荒れて村人ではもうどうにも手に負えないまで気が荒れた、話によればゾウは妊娠して気が荒れたらしい、とにかく村の人たちの手にはどうにもならなくなってゾウ使いが呼ばれた、ゾウの足はチェーンで繋がれ、仮に暴れても向かってくる危険はないが、、、、マジに荒れたゾウを目の当たりにして怖かった。
うかつに近寄れば踏み潰されかねない、村に雇われたゾウ使いは荒れたゾウに向かってゴニャゴニャ呪文でもかけるようになだめ始めた、時にはゾウを叱り飛ばすように怒鳴ったり宥めたりして、徐々にゾウに近寄った、竹の棒で軽くゾウをパンパンと叩きながら時々撫でたり、ゾウ使いの男はゾウの耳元あたりをさすり始めた、そのうちにゾウは男の言いなりなって静かになった、男はさらにゴニャゴニャ言い続け、終いにゾウは座り込んだ。
その隙を逃さず男はサッと一瞬にゾウの首元に跨って馬乗り状態になった、そしてゾウの耳元の後ろを撫でるでもなくくすぐるでもなくツボを刺激し始めた、さっきまであれほど荒れていたゾウは更にウソみたいに静かになった、そしてゾウは男の意のまま大人しいゾウになった。
その後、獣医みたいな男が登場して1Lペットボトルくらいの大きさの注射器を箱から出して象の耳元に注射を打ちゾウはそのまますぐに寝込んだ、それはわずか20分くらいの出来事だったが、、、僕にはゾウ使いが不思議な魔法使いに見えた。
写真があればアップしたいが今みたいにスマフォ感覚で撮らない時代だから写真はない、でも二つの出来事は日本では見られない貴重な出来事だった。

質感は大事です 

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以前、友人宅で多分1970年代くらいの古いブルースのレコードを聴かせてもらった、多分知ってる人が聞いたら唸るような素晴らしく良いオーディオ機器で聴かせてくれたんだと思うんだけど。
スピーカーは今の時代にしては大きくて低音が素晴らしい、静かだけどドーンドーンと心地よく部屋中に響いてなんとも言えないうっとりした音を久しぶりに聴いた、それを聞きながらウイスキーをちびちび友人と飲みしばしの雑談を楽しんだがこれだけ音が良いと、音楽がどうとか言う前に、この音自体に酔ってしまう、この悦びはやはりレコードに限るんだろうな、、、って思いながら音楽を楽しんだ。
僕は音楽に関して無知なので何も言えないが、多分この気分はCDとかデジタルでは味わえないんじゃないか、いわゆる音質がCDには再現できないような、これこそがアナログならではの音じゃないかと思う。
これは写真にも同じような事が言える、僕がここで時々書くモノクロフィルムの醍醐味は扱い方、階調表現力を持った人じゃなければ多分デジタルとそんなに変わらない、現像しなくちゃならないし、パソコンみたいに簡単じゃないし、多分手に負えないだろう、わざわざ高いお金を出して使う意味はないと前に書いたが、レコードにしてもこれだけの再現力を持ったオーディオ装置じゃなければレコード本来の意味があまりないような気がする。
何が写っているかの前にモノトーンの美しさの概念がある、これは音楽で言うならメロディーに相当するんじゃないかな?とにかくモノトーンの質感と言うのはすごく大事な表現ソースだと絶対に思うし、それを知らない人に安易にモノクロフィルムを語って欲しくない意地がある。
僕の写真家人生の中で、これまで出会って来た人で、カメラのレンズについてあれこれ言う人には星の数ほど出会ってきたけどモノトーンの質感についてあれこれ言うか、質感表現を主軸にして上手く扱える、上手く表現できる人ってそんなに多く出会っていない、そんなにどころか、、、ほとんど出会っていないと言っても良い。
人にはそれぞれの質感解釈があるだろうから、僕の質感と誰かの質感では離れているのかも知れないけど普遍的質感と言うものはやはりあるにはある。
久しぶりにまたフィルムで何かを撮ってみようとカメラを手にして撮影をして見た、闇雲に撮ってもフィルムの無駄だから本番に入る前にコンデジでポラ代わりに撮ってパソコン画面で広げてみたが、正直言ってフィルムを最終イメージとしてそのコンデジ画像を繁々と見ると、、、、やはりコンデジではフィルムのようにトロ〜んとおっとりした質感がなく気分が全く乗れずデジタル画像を見ちゃうともう興醒めした。
この気分はなんと説明すれば良いのやら、、、、、デジカメで完結させるなら、そんなに悪くは思わないんだけどフィルムの質感イメージが最終的にアタマにあった上でコンデジ画像を見てしまうと、これじゃあダメだ、、、、と撮る気が失せて結局シャッターは切らずに撮るのをやめた、設定自体がおもしろくもない、これまでこんなもの山ほど撮ってきたから、上りは先が見える、撮ったところでつまらないのは分かるから撮らずにヤメた。
せっかく高いお金を出してフィルムを使うなら、やはりデジタルでは撮れない、フィルムでしか撮れない写真を撮りたい、、今まで撮れなかった写真が撮りたいが今の心境です。
何を撮るのか、、、よりもフィルムらしい質感を撮りたい、これは多分見る人が限られる作品になるだろうな、、、、と思う。

昭和の歌謡曲が密かなブームなのは 

僕の娘が生まれた平成の中ごろには、たしか神戸大震災とか、オウム真理教がサリン事件を起こしたころだった、あれから25年くらいの年月が経って、娘は今なんとか立派な社会人になった、平成の中ごろに生まれた世代と昭和の31年生まれの僕では世代感覚が違う、物事の感覚や価値観や興味の対象はそれなり違う。
それはそれで当たり前のことだ、でも彼女は意外なことに僕ら世代に流行った歌謡曲にわりと精通していて、僕よりスラスラと歌える、それは彼女のちょっと変わった趣味かと思っていたら、最近テレビでもわりと昭和歌謡、フォークミュージックとか、、、あのころ歌番組、お宝映像に触れる機会が何かと多い気がする、それは年末だからそうなのかなって思っていたけど、どうやらそうでもなくこれはたしかなブームのようだ。
今の時代感覚からすれば、昭和の歌謡曲世界はまるでレトロな宝箱を開くような気分らしい、その感覚のズレは今世代にしてみればかなりおもしろい世界だったり失われた感覚を掘り出す気分になるらしい。
あるテレビ番組で歌詞の内容を細かく文字化して歌詞に込められた意味を分析しては、あの時代はこんなことを歌にしていたんだね、、、と出演者たちで言い合う番組があった、例えば、、、、「花嫁は夜汽車に乗って嫁いで行く」とか、「なみだ拭くハンカチをください」とか、「汽車の窓からあの人は手を振ってるとか」それらの歌詞には今では考えられないよう表現あったり、昭和の若者感覚が歌詞から読み取れる。
番組では今との時代感覚のズレをみんなであの時代はこうだった、と言い合って、笑って盛り上がっていた、たしかにあの時代の歌詞内容はやや滑稽だけど、そこに笑えない素朴さやウブさや、素直な感受性、いちずな思いが至るところに感じられ、時には大袈裟だったり、「花嫁は夜汽車に乗ってあの人のところに嫁いで行く、何があっても帰れない」
ダサいと笑うより、これはずいぶん貴重な純粋な気持ちじゃないかな?
今はどこか行くにしても飛行機に乗って1〜2時間もすればさっと行ける、夜汽車自体がそもそも無くなった、仮にあってもキャビン付き豪華列車に代わった、一途な思いを抱えあの人の下に嫁いで行く覚悟を歌うなんて笑われる時代になった、嫌なら別れちゃえば良い、今は人との出会いが昔にくらべて軽くなった。
今は歌手ではなくシンガーになった、そんなジトジトした歌い方は誰もしない、たしかに歌唱力はかつてとは比べ物にならないくらい進化した、歌唱力、ダンス、パフォーマンススキルは格段に上がったのは言うまでもない。それに比べたら昭和のアイドルの歌もダンスもダサいことといったらない。
でも、昭和歌謡曲とかフォークミュージック、かぐや姫とか井上陽水の歌詞内容をじっくり読むと、やっぱり十分に察するだけの切々と歌うだけの中味がある、歌謡曲にしても、それが例え商業主義で作らた歌とは言え、やっぱりあの時代の時代感覚が書き表されていて、今の時代にはない夢とか切実さを至るところに感じる。

これら昭和歌謡ワールドが今の時代に不可思議な時代だったとするならば、昭和に青春を送った感覚からすればそれは今が おかしくなったからじゃないかな?だって今は毎日送られるメールの大半が詐欺メールだったり、物事のやり取りが軽々しくなったり、虚と実で言えば、世の中は嘘ばかりの時代になったが人々の感覚はそれにはどこか麻痺しているように感じる。
この時代の感覚から見たら昭和歌謡の生真面目でバカ正直な歌詞が斬新で可笑しく感じるのは今が情けない時代になった証しと思うけど、今の世代にとっては例え今が嫌だろうが、何であろうが、泣いても笑ってもここしか生きる環境はないし今を愛して生きるしか手立てはない。

昨日書いた恵比寿のフランス雑貨の店の話では、そこに主人の強い愛着と物への思いがあるから貴重なんだと思う、切実な気持ちがない物は良いとは思わない、人に何か物事を伝えたいなら、気持ちがないものは所詮何も伝わらない、仮にいっときは流行ったとしても人の記憶には残らないし時代が経てばあっさり消える。
どんなに写真が上手かろうが、切実な思いがあって成り立つ、上手さとは、表現をより美しくさせるための手法でしかなく、軸はメンタルがすべてだと僕は考えている、初期のユーミンにはそんな切実感が歌詞の至るところに感じられたけど、今の彼女はもう当時とは別人だと感じる、それはそれでユーミンの生き方だし、僕らが知らない世界を彼女は今は今で満喫しているだろうし、、、、。
話は元に戻す、、、昭和の時代、電話で話すとは、黒い電話のダイヤルを回し設置された場所に張り付いて話していた、今は小さく薄いスマフォに代わってどこでも話ができる、しかもあらゆる機能が付いて便利になった、でもスマフォに昭和みたいに歌詞に込められた切実な思い、気持ち、メッセージは進化したかと言えば、モノは進化したが、心は明らかに冷めた、僕はそう感じるけど。

今時フィルム撮影とはこの気分が理想かな? 

過去のモノクロ作品はまだ手が入れられる余地がある、そこからまだ知らない世界に入っていけそうな感触を感じる、それで久しぶりにフィルムカメラを引っ張り出しフィルムを入れファインダーを覗きシャッターを数枚切って見た。
デジタルとは明らかに違う、上手く言えないけど同じライン上のカメラとは呼べない、感触や次元がまったく違う、それはコストや仕組みだけに限った話ではない、明らかにフィルムには何か得体の知れない実体があるような説明のつかない不思議な気分を久しぶりに感じながらシャッターを切った。
コスト面でも何年か触らないうちにびっくりする値段になっていた、今では12枚撮り6x6フィルムは最安値1本825円、12枚撮り1枚のコストは約70円、外注現像したら1枚コストは軽く100円を越える、2枚撮っただけで缶ビール1本と同じコストがかかる、これではフィルム撮影自体どこか祝祭気分がないと気楽に使えない時代になった。
お金の話は良いとして、ここ数年間デジタルカメラで作品を撮っていました、デジタルを選んだ理由はいくつかあります、カラー作品を作るなら僕にはアナログプリントにさほど魅力は感じられない、コダックが印画紙生産終了した時点でアナログカラープリントの魅力はもう終わった、また良い機会だからデジタルの可能性やその魅力を知る意味でも、デジタルカメラの感触、扱い方を覚えるためにも、デジタル作品を作る必要を感じた、それでデジタルばかり何年か向き合い続けた、その作業を今年やっと終え、久しぶりにアナログモノクロを再び見直した、その時アナログプリントには新ためてすごく新鮮さとその凄みを再び感じた。
きちんとプリントされたアナログプリントはやはり凄い、出力がどんなに良くなったところで極上のアナログプリントには絶対に敵わない事実を感じた、時代が便利になって進化したはずだけどプリント品質は進化ではなく逆行したと思う、デジタルから写真を始めた人はアナログの感触、真の凄味を知らないって思うと、なんとも言えない虚しいやら情けない気がします。
とは言えアナログプリントを使えば誰だってそれが味わえるかと言えば、そうではないアナログのスキルと表現力を持った人と、ない人では埋めがたい隔たりがある、しかしそれを肌で強く感じているカメラマンはプロ、アマ問わず多くはいない、今ではプロですらそのスキルを持っている人はもはや初老年代じゃないと怪しいくらいだ。
せいぜいフィルムを使うことで納得して終わる人が大半だと思う、まして今の若い世代にとってフィルム撮影自体が神秘的存在のようだ、フィルム写真のニュートラルで冷静な本質的視点を身につけるのは余程のチャンスに恵まれない限り身につかないだろう、それは教えられる人もいないし、感材がここまで高くなったら、仮に環境があったとしても昔のように気楽に暗室実験はできないし、アナログプリントを極めるとはもはや和紙の紙漉き技術を習得することに近いようなものかも知れない。
僕はカメラマン助手になる前までアマチュア写真を何年もやっていた、暗室経験年数は10年近くあり暗室スキルはハイレベルとさえ言われていた、カメラマンを目指して上京し最先端カメラマンの弟子入りをして師匠のプリントを初めて見た瞬間、今までの暗室認識があまりにも呆気なく一瞬でガラガラと崩れた、今まで僕は何を見ていたんだろう?と唖然とした。
モノトーンに対する美意識がまったく違う、表現世界の可能性と奥の深さがまったく違う、モノトーンに対する認識がまったく違う、こういう人たちが作るプリントしかモノクロプリントとは呼べないと痛感した、僕らが今までやっていたのはただの白黒写真だと思い知らされた、初めて本物のプリントに出会った、久々にフィルムカメラを触ってその時味わった気分を思い出した。今思うと貴重な体験だった。
でもそんな出会った当初のヴィンテージプリントを今回、再び再現したいとは思っていない、もっと違う気分でいる、もっとガラクタの中に潜む美意識を拾い出したいと思っている、それは下に描く文章に近い気分かな?

東京の恵比寿に有名なフランス雑貨屋?骨董品店?正しくはフランスブロカントショップと言うべきで、いわゆるフランス物のジャンク雑貨と言うべきか、あえてその店名表示は控えることにする、以前は今とは違う場所に店があった、好きで何度か訪ねては店内を物色した、あれこれ見るが、毎回、特に買いたいものに出会えずそのまま店を出ることがいつものことだった。
でもコレクションとその世界観がおもしろい、店内に広がる古き良きフレンチワールドぶりがすごい、この店の主はフランス雑貨に相当な愛着を持っているのが分かる、神田の古本屋さんみたいに少々憮然としていて、無神経に店内で振る舞えば叱られかねない、店に入る時にはそれなりのマナーと店事情を汲み、陳列された品々を不注意で倒さないように細心の注意と覚悟を持って入らないと弾かれかねない空気がビッシリある。
時々、店のコレクションをホームページでつらつらと見るだけでも作品作りのイメージの助けになった、同じフランス感覚愛好家としての視点でこの店を見たら、主がどれだけフランス感覚と文化に深い造詣を持っておられるかがすぐに分かる、まさにそこは僕にとっては尊敬すべき聖地のような所。
先日久々に恵比寿に行ったついでに新しく移転した店をスマフォナビゲーションを頼りに訪ねた、何か新しい作品の撮影素材はないかと店に入ってじっくり物色しながら見回すが、、、、ん、、、、、ん、これと言った出会いがない、悶々とした気分で出会いさえあれば高かろうが買う気で何回か店内を回るけど、これと言った出会いが残念ながらなかった。
その時にふと感じた「ははん、、、、ここは店ではなく空間ギャラリーと受け止めるべき店なんだ」
一般人が仮に何か一つ家に持ち帰ったところで多分どうにもならない気がする、置き場がないと言うか、使い道がないと言うか、扱い切れないと言うか、、、この店は現実から相当かけ離れた物ばかりで占められている、仮にこの店から持ち帰った品を上手く馴染ませられたなら、その人は相当な強者であり豊かな文化人だと思う。
ここで感じる気分はここだけで通用する魔法なんだ、、、、持ち帰ったとしてもその魔法は多分家では消えてなくなるのがオチだろう、、、これは店主がかけた魔法なんだ、、、、そんな魔法がかかったガラクタ品ばかりが店に並ぶ、現地の骨董市には何度も通った僕ですら手に負えない品ばかりが並ぶ、少なくとも一般人ではとても手が出ないだろう、そんな無意味な妄想がふとアタマを掠めた。
でも言えることは世の中は何もかもがつまらないものばかりで溢れ返っている場所、この店のあり方と生き方、その存在は、僕らにとって夢と希望を間違いなく与えてくれる貴重な場なのは間違いない。

話はすごくズレた、、、、、久々にフィルムカメラを持ってシャッターを切ってそんな妄想がやって来た、僕が修復手直して再生させたい作品世界は、要するにこの店のあり方、考え方、生き方、が良い手本のような気がした。
過去撮ったモノクロ作品はまだ収まるべきカタチや方向性にまで仕上げられていないと思った、まだ完成されていないし、作品自体が僕に「このままじゃダメだ、なんとかしろ!」と主張している気さえした。
作品を作ることと、写真を撮ることは、やや意味が違う、いくら良い写真をたくさん撮ったところで、それをまとめ上げて一つの世界観として表現域まで辿り着いていなかったら、それはまだ未完成作品でしかない。
今の僕にはフィルムで撮るってことはこう言うことだって思った、デジタルではこんな気分にはさせてくれない。
要するに「アナログプリントとは物であり美術品なんだ」と認識した。

アンゲロプロス 「霧の中の風景」 その2 

昨日、アンゲロプロス 「霧の中の風景」 を書きました、昨日は何を書いて良いのやらで、中途半端なブロブ内容になってしまいましたが今日はもう少し踏み込んで書いてみたいと思います。
この姉弟がドイツに行こうとした根拠は顔も知らない父親に会いに行くと言うが、ドイツが重要なことではなく姉弟の冒険の旅の単なる名目にすぎないと思って見ていました、監督自身もそこに重要な意味がある気がしません。
お金もない、行く術もない、方向感覚的も根拠はない、そもそも国を越える、その意味すら知らない子達の旅路です、特に母親との関係に大きな埋めがたい溝があったわけでもない、とにかく姉弟は何かに突き動かされるようにどこか遠くに行く流れになったわけです、それがたまたまドイツであっただけのように思えます。
昔、知り合いの写真家の家庭で過去こんな事がありました、極楽寺に住んでいた時に迷い込んで来た野良ネコをそのままその家の飼いネコにした、その後、極楽寺から鎌倉の中心地に引っ越しした時、ネコは新居がよほど馴染まなかったのか新居から逃亡した、3ヶ月後、極楽寺の前の住処の近所さんからネコ情報が入って無事に保護され飼い主のところの再び引き取られたことがあった。
このネコは人間の常識概念からすれば神秘としか言いようがない常識外れの奇跡をいくつか起こしました、まず鎌倉の中心地の雪の下から極楽寺まで5キロくらいあります、その途中は野原ではなく住宅街です、直線距離ではちょっとした山が連なってあります、車の往来のある道も何ヵ所かあります、どうやって向かうべく方向が分かったのか?どうやって5キロ先の元の家に辿り着けたのか?その間の食事はどうしていたのか?人間の概念では全く推し量れないことばかりです。
またアフリカのサバンナでは象たちは水が不足する乾季に水場を求めて500キロ移動をすると聞いた、象たちはその水場を迷わずどうやって辿り着けるのか?そこには人間の行動原理は超越している何かを感じさせられます。
アンゲロプロス監督はこの姉弟二人にこの動物たちと同じ行動原理を描きたかったんではないか、僕にはそう思います。
動物の行動を人間に置き換えたおとぎ話を映画化したと解釈すれば話は早いのではないかと思います。
この映画を見てもう一つ考えさせられたことがありました、それは描くことについてです、人はどうして物事を描くのでしょうか?
純粋に人に何かを伝え思いを共有したいからなのか?
語ることで「語り部」の役割を果たせるからなのか?
作り手の満足と聞きたい側の欲求、双方思惑が一致するからなのか?
作り手自身の心の世界を人に語ることで自己浄化できるからなのか?
夢とは個人的な物なのか人と共有できる物なのか?
夢を語ることはお金になるからか?
いつも思うことは単なる自己満足目的で描くのか、自己を超えたコミュニケーションがあるから描くのか?
表現の普遍性とはいったい何なのか?普遍の根拠とはいったい何なのか?
商業主義的な表現と普遍的表現とはどこに違いがあるのか?
そんなことをこの映画から考えさせられました。
いずれにしても描く動機次第で出来上がる作品はこんなにも違ってしまうことを感じます、少なくともこの監督は この映画作品を通して商業目的であるよりも人間をどこか動物的に描きたかったと僕は感じました、こういう作品は久しく見ていないな、、、、。